英フォスター事務所、窓落下死亡事故めぐる裁判で無罪評決
英国の大手建築事務所フォスター・アンド・パートナーズ(Foster + Partners)が、ロンドンの高層マンションから落下した窓で男性が死亡した事故をめぐり、労働安全衛生法違反の罪に問われていた刑事裁判で、無罪の評決を受けた。5週間に及ぶ審理の末の判断となる。一方、陪審は開発会社と施工会社の2社を有罪とし、量刑は9月24日に言い渡される。
何が起きたのか
事故が起きたのは2018年10月2日。テムズ川南岸のアルバート・エンバンクメントに立つ高級マンション「コーニッシュ(the Corniche)」で、竣工間際の建物の最上階から重さ130キロの窓が外れ、90メートル下の路上にいた観光バス運転手のミック・フェリスさん(当時53)を直撃した。フェリスさんは即死だった。外開きの窓が強風にあおられて蝶番ごと吹き飛ばされたもので、それを防ぐはずの金属製の開き止め(レストリクター)は取り外されていたと、法廷で明らかにされた。
訴追したのは英政府の労働安全衛生庁(HSE)。設計者らが「外開き・横吊り式の窓が持つ実証済みの危険性への懸念を無視した」と主張し、ガラス張りの建築を得意としてきたフォスター事務所ならリスクを認識できたはずだと論じた。開き止めが機能しなかった場合の「破滅的な」帰結や、幅85センチの窓が外れたときのてこの作用を考慮しなかった、というのが検察側の言い分だった。
これに対しフォスター事務所は、このプロジェクトでの自社の役割は意匠面に限られ、技術的な事項には関与していなかったと反論した。ロンドンのインナー・ロンドン刑事法院で11時間を超える評議の末、陪審はフォスター事務所と、設計エンジニアリングを担ったコンサルタント会社ウィンテック(Wintech)のいずれについても、死亡事故の責任を問えないと結論づけた。
一方、開発会社セント・ジェームズ・グループ(St James Group)と施工会社リンドナー・プラーター(Lindner Prater)の2社は、1974年労働安全衛生法が定める公衆の安全を守る義務を怠ったとして有罪となった。4者はいずれも起訴内容を否認していた。
裁判で示された経緯
法廷では、事故に至るまでの設計変更の経緯も示された。この窓はもともと内開きとして設計されていたが、配線や配管を収めた天井の格間(ごうま)と干渉するのを避けるため、外開きに変更されたという。検察側のゴードン・メンジーズ検事は、外開き案には「有効なフェイルセーフも、信頼できるバックアップもなかった。開き止めには不具合の起きうる箇所が多数あり、不具合が起きれば帰結は破滅的になりかねなかった」と指摘した。
さらに陪審には、フェリスさんが死亡する1年余り前の2017年8月にも、同じ開発から別の窓パネルが落下していたことが伝えられた。この際、設計には小規模な変更しか加えられなかったという。メンジーズ検事はこれを踏まえ、「起きるべくして起きた事故ではない。『再び』起きるべくして起きた事故だ」と述べ、「有能な人々が、年に1度も脱落しない窓を設計するという単純なことを実行するのは、合理的に可能なはずだ」と設計陣を批判した。
法廷ではまた、セント・ジェームズが2015年にこのプロジェクトの「プリンシパル・デザイナー(主任設計者)」となり、以降は安全衛生に関する調整義務を負っていたことも示された。事故の後、この建物の窓は内開きに戻されている。
評決を受けてフォスター事務所は「私たちの思いは2018年10月から変わらずフェリスさんのご遺族とともにある。法廷の判断を受け止め、陪審が本件の検討に費やした時間と配慮に感謝する」との談話を出した。ウィンテックとセント・ジェームズもそれぞれ、遺族への哀悼と業界としての再発防止への決意を表明している。
日本にとっての意味
この裁判の核心は、建物から物が落ちて人が死んだとき、意匠を描いた設計者にまで刑事責任が及ぶのかという問いだった。英国の陪審が出した答えは、意匠設計者と技術コンサルタントは無罪、安全衛生の調整義務を負っていた開発会社と施工会社は有罪、という線引きだった。役割分担の書面上の定義が、8年越しの刑事裁判の帰趨を決めたことになる。
日本でも外壁タイルや窓ガラス、看板の落下事故は繰り返し起きており、死亡事故では管理者や施工関係者が業務上過失致死傷に問われた例がある。ただ、日本で主に問われてきたのは維持管理や施工の過失であり、今回の英国のように「設計段階の判断そのもの」を検察が正面から刑事裁判にかける構図は珍しい。内開きから外開きへという一見小さな設計変更が法廷で逐一検証されたこの事例は、設計変更の経緯と責任分担を記録に残すことの重みを示している。超高層マンションの窓や外装の安全をめぐる議論は、タワーマンションが増え続ける日本の都市にとっても無縁ではない。