海外政治

チャド、野党指導者マスラ氏らを恩赦で釈放

チャド の記事一覧 ・ アフリカ

チャドのマハマト・イドリス・デビ大統領が、野党最大勢力の指導者で元首相のスクセ・マスラ氏を含む野党指導者9人を恩赦で釈放した。マスラ氏は大統領への批判で知られる人物で、1年前に禁錮20年の判決を受けていた。恩赦の理由は伝えられておらず、政権と野党の対話が再び動き出すかどうかも見通せない状況だ。

何が起きたのか

デビ大統領は現地時間の8月14日、マスラ氏と、主要野党連合GCAP(Political Actors’ Consultation Group、政治アクター協議グループ)に所属していた指導者8人の計9人に恩赦を与えた。大統領府がフェイスブックで公開した政令によれば、恩赦の内容は対象者の禁錮刑を全部免除するというものだ。ただし、有罪判決そのものが取り消されたのかどうかは、公開された政令の記述からは読み取れない。マスラ氏はヘイトスピーチや排外主義、虐殺を扇動したなどとして1年前に禁錮20年を言い渡され、GCAPの指導者8人も、蜂起を扇動したとして今年5月に禁錮8年の判決を受けていた。マスラ氏が率いる政党「トランスフォーマーズ(The Transformers)」の副代表ンドレンバイ・サデ・ンジェサダ氏は釈放を受け、「ようやくテーブルを囲んで、和平を前に進められることを望む」と語った。もっとも、この発言は野党側の期待の表明にとどまり、政権側から対話再開に関する説明は伝えられていない。

背景

デビ大統領は2021年、30年にわたりチャドを率いた父デビ氏が反乱勢力に殺害されたのを受け、軍主導の暫定統治(政治移行、選挙で正式な政権が発足するまでの過渡的な統治体制)を率いる形で権力を握った。マスラ氏はこの移行期間の延長に抗議するデモが2022年10月に軍や警察の発砲で弾圧された際、他の野党指導者らとともに国外へ逃れた。その後帰国し、デビ氏と和解合意に署名。2024年の大統領選挙の5か月前に首相に任命された。選挙でデビ氏は60%強の得票で当選したとされるが、野党の一部がボイコットを呼びかけるなど選挙自体の正当性には疑問も呈された。マスラ氏はこの選挙にデビ氏の対立候補として出馬し、2割近くの得票で2位となったが、自らの勝利を主張した。マスラ氏は2025年5月に逮捕され、その3か月後に禁錮20年の判決を受けた。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、この裁判を「政治的動機によるもの」と指摘している。GCAPは今年4月に最高裁判所の決定により解散させられ、その翌月に指導部8人が禁錮8年を言い渡されていた。チャドが位置するサヘル地域では近年、周辺国で軍事クーデターが相次いでおり、権威主義的な統治と野党弾圧をめぐる緊張は同地域に共通する構図とみられる。

日本にとっての意味

チャドと日本の間に目立った経済的・人的つながりは乏しく、渡航者や進出企業への直接的な影響は限られる。それでも今回の出来事は、権威主義体制下で「和解」がどう演出され、実際にどこまで機能するのかを見極める材料として読む価値がある。今回の恩赦は禁錮刑の免除にとどまり、有罪判決自体の取り消しや、対話の枠組み再開についての公式な説明は伴っていない。こうした「理由なき恩赦」は、国際社会からの批判をかわす狙いや、内部の権力調整の一環である可能性も考えられるが、いずれも推測の域を出ない。日本は法の支配や良い統治をアフリカ外交の柱の一つに掲げ、TICAD(アフリカ開発会議)などの枠組みを通じてアフリカ諸国との関係を築いてきた。政治的和解をうたう動きが実質を伴うかどうかを見極める視点は、こうした関係を考えるうえでも欠かせない。今回のケースがその後、実際の対話再開につながるかどうかは、現時点では分からない。