聖母被昇天祭の夜、メッシーナの美術館からルネサンス絵画4点盗難
イタリア・シチリア島メッシーナのメッシーナ州立美術館(Museo Regionale di Messina)から、地元出身のルネサンス期の画家アントネロ・ダ・メッシーナの作品4点が盗まれた。現地時間の8月15日(土)夜遅く、カトリックの祝日である聖母被昇天祭の祝祭が町を包む中で起きた。盗まれたのは祭壇画の一部3枚と、小さな両面画1点だ。
何が起きたのか
メッシーナ市長のフェデリコ・バジーレ氏がロイター通信に語ったところによると、犯人らは伝統行事「ヴァーラ(Vara)」の行列などで賑わう聖母被昇天祭の夜に美術館へ侵入した。地元紙ガゼッタ・デル・スッドによれば、展示ケースを壊した瞬間に警報は作動したが、防犯カメラの映像では、犯行グループが館内で行動していたのは「2分から3分ほどの間」だったという。警報自体は正常に働いたものの、駆けつけが間に合わない短時間で犯行を終えた手口とみられる。
犯人らは、1473年に制作された祭壇画「サン・グレゴリオ多翼祭壇画(Polittico di San Gregorio、ポリッティコ)」の木製パネル5枚を持ち出したが、うち聖ベネディクトゥスと聖グレゴリウスを描いた2枚は美術館の外に置き去りにし、結局持ち去られたのは「ロザリオの聖母」を含む3枚だった。この祭壇画はもともと6枚のパネルからなり、地元のサン・グレゴリオ修道院のために制作されたが、修道院は1908年の地震で倒壊し、現存するパネルが美術館に収蔵されていた。
さらに犯人らは、施錠された展示ケースから、表に聖母子とフランシスコ会修道士、裏にキリストを描いた小さな両面画も1点盗み出した。この作品はヴィルヘルム・ゾルダン・コレクションの一部で、2003年にクリスティーズからシチリア州が購入したものだ。持ち出された祭壇画パネル3枚と両面画1点を合わせ、被害は計4点となる。
メッシーナ美術館のマリーザ・メルクリオ館長は、イタリアのメディア「Sky TG24」の取材に「これらは単なるアントネロ・ダ・メッシーナの作品ではありません。芸術的、文化的価値はもちろんのこと、私たちのアイデンティティにとっても重要な意味を持つ作品なのです」と語った。イタリアのアレッサンドロ・ジューリ文化相も、現地時間16日に発表した政府声明で盗難への「困惑と遺憾」を表明した。
背景
アントネロ・ダ・メッシーナは15世紀のシチリア出身の画家で、ロンドンのナショナル・ギャラリーは同館の解説で「南イタリア初期ルネサンスを代表する画家」と紹介している。ナポリで修業したとみられ、ヴェネツィアのサン・カッシアーノ聖堂のために手がけた祭壇画は後世に大きな影響を与えたとされる。同館は「男性の肖像」(1475〜76年頃)を含む5点を所蔵する。
今回の盗難の背景として、美術品盗難の回収を手がける専門機関アート・リカバリー・インターナショナルの創設者クリストファー・マリネロ氏はアート・ニュースペーパーの取材に、サザビーズでの売却が犯人たちを刺激したことは間違いないと述べ、2026年2月にイタリア政府がサザビーズのオークション前にアントネロが「エッケ・ホモ」と「荒野の聖ヒエロニムス」を両面に描いた板絵1点を約1500万ドルで購入し、画家の知名度が上がったことを踏まえた見方を示した。ただし同氏は、地元の人間による犯行だとは考えていないという。マリネロ氏はまた、1990年に米ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館で起きた未解決の盗難事件との類似も指摘している。同事件も聖パトリックの日の夜に起きている。
有名すぎる美術品は正規のオークションでは転売できないため、盗難後は身代金目的の取引や、闇の収集家向けの地下市場に流れやすいという指摘がある。今回の盗難品がどのような経路をたどるかは、現時点の資料からは分からない。
日本にとっての意味
祭礼や行事で人手や警備が手薄になる時間帯を突く手口は、日本の寺社や地方の美術館・博物館にとっても他人事ではない論点だ。地方の文化財収蔵施設は、都市部の大型館に比べて警備員の配置や監視体制が限られる場合が多く、今回のように警報が作動しても駆けつけまでの数分間で犯行が完了してしまう構造的な弱さは、洋の東西を問わず共通しうる。日本国内でも祭礼期間中の仏像や絵画の盗難は過去に起きたとされ、地域の祝祭という「注意が逸れる瞬間」をどう埋めるかは、文化財防犯を考えるうえで具体的な検討材料になる。