猛暑の夏、欧州の美術館でストライキ 資料保存と職員の板挟み
記録的な猛暑に見舞われた欧州で、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)と王立グリニッジ博物館群(RMG)の職員が、賃金と労働環境の改善を求めてストライキ投票に踏み切った。冷房設備の乏しい歴史的な美術館建築が、猛暑下でどこまで職員と収蔵品を守れるのかが問われている。
何が起きたのか
現地の7月下旬、V&Aの4つの施設で働く300人以上の職員が、ストライキの是非を問う投票を実施した。華氏100度(摂氏約38度)の猛暑日に飲料水を十分に確保できなかったという訴えや、賃金・労働条件への不満が背景にある。職員が加盟する労働組合PCS(Public and Commercial Services Union)は、気温が30度を超えた場合の一般公開エリアの閉鎖、裏方で働く職員向けの暑さ対策、そして「V&A East Storehouse」で展示物の近くに立つ職員が水を携帯・飲用できる措置を経営側に求めた。多くの美術館では、数百年前の作品を保護するため、収蔵品の近くでの飲食が禁じられている。
この争議についてV&Aの広報担当者は「職員が水やトイレを利用できる環境と定期的な休憩は、これまでも常に確保してきた」とコメントし、猛暑期には休憩の追加や職員のローテーション増加、一部ギャラリーの閉鎖といった対応を取ったと説明した。組合側との交渉は現地の2月から続いており、V&Aは人件費総額を3.6%引き上げる案(最も賃金の低い層には6.9%増)を提示しているという。一方、東ロンドンのストレージ拠点「East Storehouse」では、別の労働組合Prospectがストライキなしで、1日2回・15分間の有給休憩を勝ち取った。ただし、外部委託業者も含めてロンドン生活賃金(時給14.90ポンド、20.10ドル)の認定事業者になるよう求める要求は、まだ決着していない。
RMG傘下の国立海事博物館、クイーンズ・ハウス、王立天文台、そして帆船カティーサークの4施設でも、職員が現地の8月11日と12日にストライキを実施した。賃金に加え、クリスマス休業の扱いや有期契約の運用、研修制度の改善を経営側に求める内容だった。
背景
今回の一連の動きの背景には、欧州を覆った熱波(ヒートドーム)がある。冷房設備を備える住宅は欧州全体の約2割にとどまり、9割近い米国とは対照的だ。この違いは、欧州の伝統的な建築や気候観、エネルギー政策の積み重ねによるものとみられる。ルーブル美術館でさえ館内を十分に冷やせず、パリのエッフェル塔は猛暑の期間中、複数回にわたり早めに閉鎖された。パレ・ド・トーキョーは全面休館となった。大英博物館も、収蔵品を守る温度管理ケースは備えているものの、建物全体を冷房する設備は持たない。パリの移民史国立博物館では逆に入館料が無料となり、涼しい館内に来場者が集まった。
欧州の博物館組織ネットワークNEMOが2022年に実施した578館対象の調査では、大半の施設で温暖化への備えが不十分なことが分かっている。半数以上が省エネ・脱炭素型のエネルギー設備を持たず、気温上昇が建物や収蔵品に与える影響を調査済みの施設は1割に満たなかった。歴史的建造物は構造上、後から大規模な空調を導入しにくく、対応が遅れがちだという事情も指摘されている。今回のV&AとRMGの争議は、こうした構造的な弱さが、収蔵品だけでなくそこで働く人々にも及んでいることを浮き彫りにした。
日本にとっての意味
日本でも近年、夏の記録的な高温が繰り返し伝えられている。日本の展示施設は欧州の歴史的建造物と違い、戦後以降に建てられ空調設備を備えているケースが多いものの、老朽化した施設や、収蔵品保護を優先して展示室の温度を低く保つ一方、バックヤードや搬入口など職員が働くエリアの空調が手薄になりがちな点は共通しうる課題だ。国内でも猛暑日の屋外イベントで熱中症対策が議論される機会が増えており、今回の欧州の事例は、来館者向けの温度管理だけでなく、飲料水の確保や休憩体制といった職員側の労働条件も含めて、施設の暑さ対策を点検する材料になる。