英バービカン団地の意匠を写した雑貨23点 音響パネルがランプに
ロンドンの複合文化施設バービカン・センターの店舗が、家具通販のMade.comと組み、家具や照明、テキスタイルなど23点のコレクションを発売した。題材は、センターを囲むブルータリズム建築の集合住宅バービカン・エステートだ。コンサートホールの音響パネルや建物のコンクリート柱といった細部が、そのまま製品の形になっている。デザイン専門メディアのDezeenが現地の8月18日に伝えた。
何が起きたのか
コレクション名は「MADE x Barbican」。全23点で、価格は32ポンドからだ。単体でも組み合わせても使えるように設計されている。
建物をどう翻訳したのかが分かりやすいのは照明だ。「Curve」のテーブルランプとフロアランプは、向きを変えられる筒形のシェードを持つ。この形は、バービカン・センターのコンサートホールにある音響パネルからとられた。台はクロム仕上げで、シェードはバーガンディ、緑、青の3色。布巻きのコードが色の対比になっている。「Coffer」の天井照明と壁照明が写したのは、敷地の屋内外に見られる格子状の天井だ。
家具も同じつくりだ。「Dual」の椅子は木製の側板が目を引くが、これは団地のコンクリート柱を模している。組み合わせて使える「Plinth」のコーヒーテーブルは、バービカンの人工池のそばにある掘り下げ式の座席から形をとった。ほかに食卓と椅子、ソファ2種、棚と収納がある。
雑貨では「Brute」のラグがある。手で房を植えたウール製で毛足が長く、制作陣は「レトロな雰囲気を出す」ためだと説明する。クッションと布製の壁飾りは、いずれも団地のファサードと立面を図案にした。全体の色は苔のような緑や錆びたオレンジといった暖色系で、着色したタモ材とクロムの光沢が対比になっている。
発売に合わせ、現地の9月12日からバービカン・センターで、コレクションとバービカンの住戸の内装を並べて見せる展示が開かれる。
背景
このコレクションが建物の外観をなぞっただけのものではないことは、開発の経緯に表れている。バービカンによれば、下敷きになったのはエステートの元の住戸の間取りを調べた調査で、そこには1960年代に5戸のショーホーム(内装まで仕上げた見本住戸)を手がけたデザイナー、ミリアム・ハウイット氏の仕事が含まれる。「Brute」のラグは、ハウイット氏が1967年に仕上げた見本住戸から図案をとった。素っ気ない生成り色の住戸に、大胆な柄のカーペットを合わせるという組み合わせだ。
バービカン・エステートは、1950年代に建築事務所チェンバリン・パウエル・アンド・ボンが設計した、英国で最大級の戦後ブルータリズム建築だ。その中にあるバービカン・センターは1982年に開館し、劇場、ギャラリー、映画館のほか、温室と図書館、飲食店を抱える。
組んだ相手のMade.comは、経歴が単純ではない。英国発の家具通販として知られたが、2022年11月に経営が行き詰まり、小売大手のNextがブランドとサイト、知的財産を340万ポンドで買い取った。従業員は引き継がれず、約500人が職を失った。今のMade.comは、Nextの下で2023年に再開したブランドである。
日本にとっての意味
バービカン・エステートが建てられた時期は、日本で団地が大量につくられた時期と重なる。日本の集合住宅の間取りには、はっきりした出発点がある。1951年の公営住宅標準設計51C型だ。東京大学の吉武泰水の案で、約35平方メートルの中に食事の場と寝る場を分ける考えを収めた。そこから食事のできる台所、つまりダイニングキッチンが生まれ、1955年に発足した日本住宅公団がDKのある間取りで団地を建てたことで広まった。同じ戦後の集合住宅でありながら、その住戸の内装が商品の下敷きとして調べ直されるという話は、日本ではあまり聞かない。
日本では、この年代の建物はむしろ失われる側にある。黒川紀章が設計した中銀カプセルタワービルは2022年に解体され、カプセルの一部が美術館などに引き取られた。建物が無くなるとき残るのは写真と部材の断片で、そこで人がどう暮らしていたかという情報は残りにくい。
バービカンがやったのは、建物を保存することではなく、住戸の内装の歴史を売り物に変えることだった。文化施設が自分の建物を素材にして収入を得る仕組みでもある。日本にも同じ年代の集合住宅と、その内装を手がけたデザイナーの仕事は大量にある。まだ手がつけられていないだけだ。