コペンハーゲンのティボリに日本の街 異国趣味との境目を運営が語る
デンマークの首都コペンハーゲン中心部にある遊園地ティボリが、日本の街並みを写した新エリア「ヒカリ」を現地の8月15日に開いた。開園183周年にあたる日だった。面積は2000平方メートルで、構想から5年以上かかっている。日本から屋根瓦60トンを運び、村上隆の作品を置いた。デザイン専門メディアのDezeenが現地の8月19日に伝えた。
何が起きたのか
ヒカリは、園内にもともと日本庭園と塔があった一角に作られた。下敷きにしたのは東京で、京都と大阪の要素も入る。日本風の建物が並び、店と日本料理店がある。「ホテル・ヒカリ」は歩いて回る仕掛けの館で、ホテルのエレベーターに乗るところから始まり、渦を巻くトンネル、傾いた部屋、鏡の迷路が続く。新しい乗り物「タイフーンズ・アイ」は回転式で、外壁が障子を思わせる作りだ。
建物のために、ティボリは日本から伝統的な屋根瓦60トンを取り寄せた。作ったのは愛知県の鶴弥と栄四郎瓦で、どちらも三州瓦の産地である西三河のメーカーだ。ほかに木製の窓と扉が200点、酒樽、こけし。設計には建築、文学、食、看板、色などを助言するデンマークと日本の専門家5人の諮問委員会が付き、看板の意匠は日本人のグラフィックデザイナーが手がけた。街路には日本映画のポスター、桜、こけし、塔、そして猫の意匠が並ぶ。
村上隆の作品は花を描いたもので、ティボリが庭園で知られていることが選定の理由の一つになった。同園のSusanne Mørch Koch最高経営責任者は、村上氏を、日本の伝統的な視覚文化と現代美術と大衆文化を橋渡しする作家だと説明する。設計開発責任者のRasmus Altenborg氏は、通りが日本建築の異なる時代を映すことを重視したといい、建物ごとに性格を持たせながら、色と素材と様式のパッチワークとして噛み合わせたと語る。
背景
Dezeenはこの記事で、遊園地が他文化の建物を再現してきた歴史に触れたうえで、日本的とされる意匠にここまで全面的に頼った区画は、日本を異国趣味の対象として扱っていると受け取られうると指摘した。
Koch氏によれば、ティボリはこの点を意識して作ったという。何年もかけて開発し、日本に足を運び、日本のコンサルタントや取引先を巻き込み、建築の参照先から作品、資材、製品まで慎重に選んだ。「日本に対するティボリの解釈でありながら、同時にその源に心から敬意を払うものにするためです」と同氏は述べた。
「私たちの狙いは、ミニチュアの日本を作ることでも、日本文化のすべてを代表すると称することでもありませんでした」。Koch氏はそう続け、ヒカリは日本に着想を得たティボリの解釈だと位置づけた。
外国に着想を求めること自体は、ティボリにとって新しくない。園内には中国風のパントマイム劇場があり、ムーア風の建築を用いたニムがある。Koch氏は、世界をコペンハーゲンに持ち込んでティボリ自身の想像力で解釈することは180年以上にわたる体質だと語る。ヒカリはティボリ史上で最も野心的な建築投資にあたり、この先何十年も客を呼び続けることに賭けている。
日本にとっての意味
日本は長く、外国の街を国内に作る側だった。1992年3月に長崎県佐世保市で開業したハウステンボスは、オランダの街並みと運河を再現している。同園の説明によれば、宮殿部分の建設中にオランダ側の責任者が、外壁の煉瓦の目地の幅が本物より2ミリ広いと指摘し、施工をやり直したという。どこまで似せるかという問いに、日本は本物と同じ寸法にするという答えを出した。
ティボリの答えは逆を向いている。複製ではなく解釈だと先に宣言し、そのうえで正当性の根拠を、出来上がりの正確さではなく作り方に置いた。日本に行く、日本の専門家を諮問委員会に入れる、看板の意匠を日本人デザイナーに任せる。描かれる側を制作に加えることで、異国趣味という批判に答えようとしている。
日本にとって新しいのは、その描かれる側に回っている点だ。デンマークでは日本への関心が広がっており、Koch氏は、日本が国際的な注目を集めていることに触れつつ、ティボリを引きつけたのは工芸の技と美意識、細部への注意、伝統と革新の絡み合いだと語る。日本が何を売り込んでいるつもりかとは別に、海外の事業者が日本の何を選び取るかは向こうが決める。今回選ばれたのは、愛知県西三河の粘土瓦だった。三州瓦は国内の粘土瓦生産量の約7割を占める産地で、鶴弥は明治20年創業の老舗である。その60トンが、コペンハーゲンの通りの屋根に載っている。