93歳ビヤ大統領が73日ぶり帰国 4月に作った副大統領の椅子は空席のまま
カメルーンのポール・ビヤ大統領(93)が、現地時間20日に帰国した。6月にスイス・ジュネーブへ「短期の私的滞在」として出発してから73日間の不在が続き、その間、健康不安や統治の空白をめぐる憶測が広がっていた。カメルーンは今年4月に憲法を改正して副大統領職を復活させたが、その椅子はまだ埋まっていない。
何が起きたのか
ビヤ氏は現職の国家元首として世界最高齢とされる93歳。6月にジュネーブへ出発した際、大統領府は「短期の私的滞在」とだけ説明していたが、滞在は数週間を超えて長期化し、現地の新聞は連日この話題を取り上げるようになった。
不在が続くなかで健康悪化を疑う声が強まり、野党の議員は憲法評議会に対し、大統領職が「空席」であると宣言するよう求めた。こうした事態を受けてか、ビヤ氏は複数の大統領令に署名し、本人名義の公式SNSアカウントも投稿を続けるなど、自らの健在ぶりを示そうとする動きが見られた。
そして現地時間20日、ビヤ氏は首都ヤウンデのンシマレン国際空港に到着した。ただし副大統領は空席のままで、内閣改造も長く先送りされている。この二つが重なって国政が止まっているという批判が出ており、後継をめぐる議論は帰国後も収まりそうにない。
背景
ビヤ氏は1982年11月から大統領を務めており、在職は44年目に入る。2025年10月の大統領選では92歳で8期目の当選を果たした。憲法評議会の発表では得票率53.66%で、次点のイサ・チロマ・バカリ氏は35.19%。チロマ氏は自らの勝利を主張し「選挙ではなく茶番だった」と述べた。抗議行動に対する治安部隊の弾圧で死者が出ており、政府の発表は16人だが、それを上回る集計もある。今の任期は2032年までで、満了時には99歳になる。
代行の仕組みは今年大きく変わった。カメルーンでは1972年に副大統領職が廃止されて以来、大統領が職務を果たせなくなった場合は上院議長が暫定的に代行し、20日から120日以内に選挙をやり直す決まりだった。4月に議会が可決した改正では副大統領職が復活し、大統領が任命して罷免もできる副大統領が、大統領を失った場合に残りの任期をそのまま引き継ぐ。選挙のやり直しは不要になった。ビヤ氏は4月14日にこの法律を公布した。
ところが副大統領は4月4日から空席が続き、誰も任命されていない。さらに従来の代行者だった上院議長のマルセル・ニアト・ニフェンジ氏は3月17日に職を退き、4月11日に91歳で死去した。後任にはレイ・ブバの伝統的首長アブバカリ・アブドゥライ氏が就いている。ビヤ氏の息子フランク・エマニュエル・ビヤ氏が副大統領に任命されたとの報道も流れたが、政府はこれを否定した。
日本にとっての意味
この件が示すのは、代行の仕組みを憲法に書くことと、それを実際に埋めることは別だということである。カメルーンは4月に副大統領職を条文へ書き戻したが、大統領が73日間不在にしたあいだも椅子は空のままだった。条文があっても名前が入っていなければ、仕組みは動かない。
日本にも同じ問いがある。内閣法第9条は、首相に事故があるとき、または首相が欠けたときは、あらかじめ指定する国務大臣が臨時にその職務を行うと定めている。この「あらかじめ」が現実に問われたのが2000年だった。小渕恵三首相が脳梗塞で意識を失った際、青木幹雄官房長官が臨時代理に就いたが、指定が事前になされていたのかをめぐって議論が起きた。これを受けて政府は、組閣のたびに臨時代理の予定者を第5順位まで指定し、官報に載せる運用へ改めている。
条文の有無ではなく、そこに名前が書き込まれているかどうかで結果が変わる。カメルーンの副大統領の椅子が今後埋まるのか、埋まるとして誰なのかは、40年以上続いた政権がどう終わるかを占う材料になる。ビヤ氏が同じ椅子に座り続けたあいだに、日本の首相は20人以上入れ替わった。