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アイルランドの『ケリー牛』の骨、実はクマとイノシシ 農耕伝来の定説揺らぐ

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アイルランドで30年以上前に発掘され、長らく通称『ケリー牛』の骨と呼ばれてきた約6500年前の骨が、最新の分析でクマとイノシシの骨だったことが分かった。この骨は、アイルランドの狩猟採集民が大陸の農耕民と紀元前4000年より前に接触していた証拠として長年引用されてきたため、農耕伝来をめぐる定説は見直しを迫られている。研究チームは、非営利団体である先史学会(Prehistoric Society)の会報『Past』でこの結果を報告した。

何が起きたのか

骨が見つかったのは、アイルランド南西端、ケリー州のディングル半島西端にあるフェリターズ・コーブ(Ferriter’s Cove)で、発掘は1983年から1995年にかけて行われた。人骨とともに出土した骨の一部は放射性炭素年代測定で紀元前4450〜4270年、中石器時代(狩猟採集を中心とした時代)のものと測定された。この骨は当初、家畜化された牛のものと鑑定され、以来30年にわたり、アイルランドの狩猟採集民が紀元前4000年より前に大陸の新石器時代(農耕が始まる時代)の農民と接触していたことを示す証拠として研究者に引用されてきた。

しかし骨を保管するユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(UCD)とユニバーシティ・カレッジ・コーク(UCC)の研究チームが改めて調べ直したところ、当初の種の同定は、あいまいで暫定的なものだったと分かったという。骨はフランス・リールにあるフランス国立科学研究センター(CNRS)の研究室へ送られ、ZooMS(Zooarchaeology by Mass Spectrometry、骨に残るコラーゲンというたんぱく質を質量分析にかけて動物の種類を見分ける手法)で解析された。その結果、骨はクマとイノシシのものであり、牛ではなかったことが判明した。クマの種類はまだ特定できておらず、研究チームはヒグマかホッキョクグマの可能性を挙げて調査を続けている。

研究チームは、現時点では、紀元前4000年より前にアイルランドと大陸の農耕民が接触したことを示す証拠は残っていないことになる、と述べている。この結果は、アイルランドだけでなく西ヨーロッパ全体における中石器時代から新石器時代への移行の理解に大きな影響を与えるとしている。

背景

家畜化された牛は、人が海を越えて持ち込むほかない動物だとされる。島国であるアイルランドに牛がいたという事実そのものが、大陸の農耕民との接触の証拠として重視されてきた背景がある。一方、クマやイノシシは、当時からアイルランドに生息していた野生動物とみられ、狩猟採集民が自ら狩ることのできる存在である。つまり同じ骨でも、種の同定が変わるだけで、それが示す歴史的な意味は一変することになる。

狩猟採集の人々は痕跡をほとんど残さず、その実態はよく分からない。そう思われがちだが、研究を率いたUCDの考古学者マルタン・ムシュロン(Martin Moucheron)氏は声明で、「すでにある遺跡や資料に立ち返り、新しい目と新しい手法、そして開かれた姿勢で見直すことで、中石器時代の人々について理解できることは多い」と語っている。

骨の種の鑑定は、かつては形状の観察に頼ることが多かったが、近年はZooMSのようにたんぱく質を分析する手法が広まり、外見だけでは区別しにくい骨でも高い精度で種を判別できるようになったとされる。今回の件は、30年以上前に発掘され収蔵庫に置かれていた資料を、こうした新しい技術で読み直した結果、長年の定説が崩れた例といえる。

日本にとっての意味

今回の件は、日本の産業や制度に直接関わる話ではない。ただ、博物館や大学の収蔵庫に眠る発掘資料を新しい分析技術で読み直すことで、過去の定説が覆るという構図は、日本の考古学にも当てはまる。日本でも、放射性炭素年代測定の精度が向上したことをきっかけに、弥生時代の始まりの時期をめぐって従来の理解を見直す議論が起きたとされる。こうした議論は、発掘当時の技術では判定しきれなかった資料が、時間を経て新しい手法で再評価される過程として起きている。

日本の博物館や大学にも、過去に発掘・収集されたまま詳しい再分析がされていない資料が少なくないという指摘がある。今回のアイルランドの事例は、そうした未検証の収蔵品の中に、通説を書き換えるだけの情報が眠っている可能性を示す一例として読むことができる。