NZ、企業への気候訴訟を封じる新法 進行中の主要訴訟が打ち切りに
ニュージーランド議会は現地時間の8月18日、企業が排出する温室効果ガスによる被害を理由に損害賠償などを求める民事訴訟を一律に禁じる法案を可決した。政府は気候変動への対応は法廷ではなく国レベルで担うべきだと説明しているが、法案は係属中の主要な企業向け気候訴訟を事実上打ち切る内容で、環境団体などから強い批判が出ている。
何が起きたのか
可決されたのは「気候変動対応(不法行為責任)改正法案」で、成立すればニュージーランド国内で、企業や政府を含むあらゆる主体を、気候変動による損害を理由に不法行為法(トート法、契約によらず他者に損害を与えた場合に責任を問う英米法系の法理)で訴えることができなくなる。総督の署名を経て近く施行される見通しだ。ゴールドスミス法務大臣は、この法律が企業に「気候変動に関する義務についての確実性」を与えるものであり、政府自身の温暖化対策上の責任やニュージーランドの排出量取引制度(ETS)上の企業の義務を変えるものではないと説明した。同氏は「気候変動への対応は、裁判所での断片的な訴訟ではなく、政府が国レベルで管理するのが最善だ」と述べている。
この法律によって打ち切られる最も具体的な事例が、北部ノースランドの先住民マオリの首長で活動家のマイク・スミス氏が、乳業大手フォンテラをはじめとする複数の企業を相手取って起こしていた訴訟だ。スミス氏は金銭的な賠償ではなく、企業に2050年までに排出を実質ゼロにするよう命じる差し止めなどを求めていた。この訴訟は最高裁が全員一致で審理継続を認め、現地で2027年4月に本裁判が予定されるなど、企業の気候責任を問う世界でも最も進んだ訴訟の一つとされていた。スミス氏はこの新法の成立を「深く憂慮すべきだ」とし、成立の時期が最高裁で審理中の自身の別の訴訟と重なったことについて、三権分立と法の支配に根本的な疑問を投げかけると述べた。
この法案をめぐっては、スミス氏の訴訟で被告となっていた企業側が2024年に政府へ提出した文書の中で、法改正の方向性をあらかじめ提案していたことが明らかになっている。政府がこうした企業側との協議内容の開示を渋っていたとして、行政監察官(オンブズマン)は首相府が情報公開請求に十分応じていなかったと認定した。環境団体グリーンピース・アオテアロアはこの法律を「行政権の衝撃的な乱用」と呼び、議会への意見公募でも大多数が法案への反対を表明していた。それでも法案は大きな抵抗なく審議を通過し、最終的な採決では67対53で可決された。
背景
気候変動をめぐる訴訟は近年、各国の裁判所で増えているとされる分野だ。政府の温暖化対策の不十分さを問う訴訟に加え、化石燃料関連企業などを相手に、排出による損害の責任を追及する訴訟も増えており、スミス氏の訴訟はその中でも審理が進んだ事例として国際的にも注目されてきたとみられる。今回の新法は、こうした企業を相手取った訴訟の法的な足場そのものを取り除く点で異例だ。専門家によれば、ニュージーランドの統治制度は議会主権の原則が強く根付いており、議会が可決した法律を裁判所が覆すことは制度上難しいとみられる。スミス氏らは国連の気候変動と人権に関する特別報告者に対しても、政府の対応について申し立てを行っており、新法自体を争う別の訴訟も起こしているが、専門家は勝訴の可能性は低いとみている。
中道右派の連立政権は議会で安定した多数を握っており、法案は比較的スムーズに成立した。企業側のロビー活動と法改正の時期が重なっていたこと、そして最高裁が別の気候関連訴訟(政府の対応がマオリの人々の生命や文化への権利を侵害しているかを争う訴訟)を審理している最中にこの法律が成立したことについて、権力分立の観点から疑問視する声が出ている。
日本にとっての意味
この法律が直接及ぶのはニュージーランド国内の民事訴訟で、被告に並ぶのも乳業や電力、鉄鋼、石炭といった現地企業であり、日本との接点は薄い。それでも押さえておく価値があるのは、企業の気候関連リスクを開示する枠組みが各国で広がるなか、そのリスクの一つである訴訟そのものを立法で消す手法が実際に採られた点だ。ニュージーランドに現地法人や調達先を持つ日本企業にとっては、進出先の法的リスクの前提が短期間で変わりうることを示す例になる。もう一つは、被告企業側の働きかけをめぐって行政監察官が首相府の情報公開対応を問題視した点で、気候政策の決め方の透明性という、日本の行政にも通じる論点を含んでいる。