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パレスチナ人画家スレイマン・マンスールさん死去、79歳 60年の記録者

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パレスチナ人の画家スレイマン・マンスールさんが、現地時間8月24日にエルサレムで死去した。79歳だった。60年以上にわたり、パレスチナ人の暮らしと解放を求める闘いを絵画に記録し続けた画家として知られる。

何が起きたのか

遺族は現地時間の8月24日、インスタグラムのストーリーで訃報を発表した。それ以前には、マンスールさんが「危篤状態」にあるとの知らせが出されていた。死因はこの時点で公表されていない。

遺族は投稿の中で、世界に向けては美と記憶に満ちた人生と、彼に触れた人々の中に生き続ける遺産を残したとしつつ、自分たちにとっては父を、そして愛と強さ、家庭そのものを失ったとつづった。

マンスールさんは西岸(ヨルダン川西岸地区)のラマッラーにアトリエを構え、60年以上にわたって創作を続けた。イスラエルによる占領以前のパレスチナ人の暮らしから、その後イスラエル軍が住民や地域社会にもたらした被害までを、絵筆で記録してきたと伝えられる。近年もインスタグラムで、1989年に描いた油絵Rituals under occupation(占領下の儀式)を自ら紹介していた。

創作活動の中で、マンスールさんはイスラエル当局から投獄や暴行、脅迫を受けてきたという。それでも表現を通じて人権を訴える姿勢を貫いた。2023年のハイパーアレジック誌の取材に対し、「私たちが今闘っているのは、自分たちが一人前の人間だと世界に伝えることだ」と語っている。

背景

マンスールさんは1947年、パレスチナのビルゼイトに生まれた。その数か月後には、パレスチナ人が故郷を追われる大規模な離散、いわゆるナクバ(Nakba)が始まり、1948年にはイスラエル国家が正式に樹立された。つまり彼の人生は、パレスチナ人にとっての土地の喪失とほぼ同時に始まっている。

占領下のパレスチナでは、政治的な言論や集会が厳しく制限されてきたとされる。そうした状況の中で、絵画のような視覚表現は、直接の政治的主張を掲げにくい場面でも、民族としての存在や記憶を伝える手段になり得たという指摘がある。マンスールさん自身、パレスチナ人であることや、その存在そのものがイスラエル側にとって敏感な問題だと捉えられてきたと語っており、彼の作品もまた、そうした「存在の否定」に抗う営みの一部だったと考えられる。

日本にとっての意味

マンスールさんの作品は、日本でも近年実際に見る機会があった。2024年5月から6月にかけて東京・六本木のギャラリー、ワコウ・ワークス・オブ・アートで開かれた展覧会「If I must die, you must live」では、伝統衣装をまとった人々やパレスチナの土地を題材にした版画が、奈良美智らの作品と並んで展示された。同じ2024年6月には横浜のGALLERY SHIMIZUで「パレスチナの物語り」展が開かれ、画家ナビル・アナーニとともに「二人の巨匠」の一人として中心に据えられている。日本では「スライマーン・マンスール」の表記で紹介されることもある。

パレスチナの美術は、報道映像とは別の回路でこの地域の人々の暮らしと記憶を伝えるものとして、日本でも小さくない関心を集めてきた。その中心にいた画家の死去は、日本の美術館やギャラリーが今後、回顧展などの形でその60年の仕事をどう紹介していくかという宿題を残す。訃報を機に作品に触れようとする読者にとって、上記のような国内での展示実績は、その入り口の一つになる。