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英仏海峡の島ガーンジーで中世写本の断片17点発見

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英仏海峡に浮かぶ英国王室属領ガーンジー島で、12世紀から15世紀にかけて作られた中世写本の断片17点が新たに確認された。断片には聖書の一節や詩、劇の台本などが含まれており、いずれも16〜17世紀に行政記録用の帳簿の表紙材として再利用されていたものだった。研究者らは、これまでほとんど手がかりのなかった中世ガーンジーの読書文化や知的生活を知る、初めてのまとまった史料になるとみている。

何が起きたのか

発見のきっかけは、ガーンジーの公文書館「アイランド・アーカイブズ」の職員コーラム・トステヴィン=ホール氏が、16世紀の特定の帳簿を探していた際に、ラテン語の文字が書かれた羊皮紙の表紙についての記録を偶然見つけたことだった。当時その帳簿は修復され現代的な表紙に替えられており、元の表紙は別の棚に保管されていた。トステヴィン=ホール氏がその表紙を実際に確認したところ、中世後期の写本の一部だったことが判明し、上司に調査を提案したという。これを端緒に調査が広がり、最終的に17点の断片が特定された。

断片の中には、キリスト教の教義を読者に説明するために書かれた13世紀のアングロ・ノルマン・フランス語の宗教詩「ラ・リュミエール・アズ・レ」の一部や、12世紀末のラテン語聖書の一節、15世紀初頭の注釈が付いた聖書断片が含まれる。さらに、ジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』に由来し、ペトラルカがラテン語に、フィリップ・ド・メジエールがフランス語に翻案した「グリゼルダ物語」のフランス語版「レストワール・ド・グリゼルディス」の断片もあった。この版は他に写本1点と16世紀の印刷版2点でしか確認されておらず、極めて希少という。断片全体のうち6点はフランス語、多くはラテン語で書かれていた。

背景

イングランドでは16世紀の宗教改革期、ヘンリー8世による修道院解散に伴って多くの写本が解体され、装丁の材料などに転用された。こうして失われた中世写本の断片が、後の時代の本の表紙や帳簿の綴じに紛れ込んで残る例はヨーロッパ各地で知られている。実際、イングランド南部のバックランド修道院で使われていた500年前の本に残っていた修道士たちの聖歌を、2025年に大学の合唱団が復元して歌った例もあった。

羊皮紙は加工に手間がかかる高価な素材だったため、不要になった写本を裁断して別の本の補強材や表紙に転用することは、当時の実務としてはむしろ合理的な行為だったとみられる。ただし、ガーンジーで見つかった断片群には、詩や劇、旅行記といった非宗教的な文書が多く含まれている。ケント大学の歴史学者デイヴィッド・ランドル氏は、非宗教的な断片がこれほど多いのは予想外だと指摘している。ガーンジーはノルマンディー沖合約48キロメートルに位置する自治領で、これまで中世の図書館や蔵書、文学的な活動を示す証拠はほとんど残っていなかった。今回の発見は、その空白を埋める初めての実質的な史料になるという。

また、断片の言語構成からは、中世末期にイングランド本土ではフランス語の文学的地位が衰退しつつあったのに対し、ガーンジーでは引き続きフランス語が重要な位置を占めていたことがうかがえるとランドル氏は述べている。

日本にとっての意味

古い紙や布を別の用途に再利用する過程で、思いがけず貴重な史料が保存される例は、日本の文化財の世界にも通じるところがある。例えば、江戸時代以前の古文書や経典の反故紙が屏風や襖の下張りに使われ、後世の解体修理の際に発見される「下張り文書」は、日本の古文書学でもよく知られた事例で、実際に貴重な記録の発見につながった例がある。今回のガーンジーの断片も、装丁材という実用目的での再利用が、結果として中世の文学や宗教文書を偶然に守ったという点で共通している。

日本の産業や制度に直接関わる話ではないが、文化財がどのような経路で今日まで伝わったのかを知ることは、博物館や図書館の資料保存の考え方を理解するうえで参考になる。廃棄や転用を経た資料は、当時その価値が認識されていなかったことの証しでもあり、今何気なく処分されている記録の中にも、後世にとって重要な史料が紛れている可能性を示唆する事例といえる。