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スペインの洞窟に古代ローマの女神信仰跡、女性が積極的に関与か

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スペイン東部バレンシアの洞窟遺跡「コバ・デ・レス・ドネス」で、古代ローマ時代の女神信仰の跡とみられる遺構が見つかった。研究チームは、洞窟内の一室に刻まれた110点以上のラテン語碑文を確認し、女性たちがこの場所で女神への祭祀に積極的に関わっていた可能性があると発表した。ローマ時代の洞窟聖域としては最大級のラテン語碑文の集積という。

何が起きたのか

この洞窟は、バレンシア市から南西に約65キロ離れた山間の町ミジャレス近くにある。1960年代に鉄器時代の遺物が見つかり、イベリア人の洞窟聖域として知られてきたが、2021年には洞窟壁画が発見され、2023年にはサラゴサ大学のアイトル・ルイス=レドンド氏らのチームが、動物などを描いた110点を超える図像を記録した。これらは赤い粘土で描かれ、様式などから旧石器時代のものと判定されている。うち1点は洞窟熊の爪痕に覆われており、一部は2万4000年以上前とみられる。洞窟熊はヨーロッパでおよそ2万4000年前に姿を消した種とされる。

2025年には、洞窟入り口から約200メートル奥にある一室で、少なくとも15点のラテン語碑文と、皇帝クラウディウスの時代(1世紀)の硬貨1枚が見つかったと報告されていた。今回、さらに調査を進めた結果、この部屋に刻まれた碑文は110点以上に上ることが判明した。うち5点は「奉納碑文」で、「ドミナ(Domina、貴婦人の意)」と敬意を込めて呼ばれる女神への捧げ物だったとみられる。サラゴサ大学の歴史学者シルビア・アルファジェ・ビジャ氏によると、うち3点には「マラキ(MALACI)」という、これまで知られていなかった女神の呼び名も記されていた。この語の正確な意味や、洞窟内に豊富にある水との関連は、なお調査中だという。

碑文には複数の女性の名前も確認された。部屋の床面からは、装飾品や杯型の容器、土器の破片、動物の骨、そして紡錘車(糸を紡ぐ道具のはずみ車)が見つかっている。アリカンテ大学の考古学者ビルヒニア・バルシエラ氏は、紡錘車が織物道具の奉納品だった可能性があり、女性が祭祀に積極的に関わっていたとする碑文の内容と符合すると指摘する。同一の女神への言及が5点に集中し、それらが入り口から離れた限られた区画にまとまっていることから、セビリアの国立通信教育大学の考古学者セルヒオ・ガルシア=ディルス氏は、この部屋が組織的な信仰の場だったとみている。

背景

古代ローマの宗教生活において、女性は礼拝者や奉納者として、また一部の信仰では女神官として参加していたことが知られている。とはいえ、ローマ時代の宗教遺跡から、女性の関与を具体的に示す物証がこれほどまとまって見つかる例は多くないとみられる。今回の洞窟のように、入り口から遠く離れた薄暗い一室が選ばれていた点も目を引く。洞窟という空間そのものが、地下や水、大地と結びついた女神信仰の場として選ばれた可能性があるとの見方もある。

この洞窟の名前「コバ・デ・レス・ドネス」は「女性たちの洞窟」を意味し、18世紀の博物学者アントニオ・ホセ・カバニーレスの記録にすでに登場する。バルシエラ氏は、この名称自体が、古代からこの場所に女性、あるいは女性的な存在が関わっていたという記憶を伝えている可能性があると述べている。旧石器時代の壁画から鉄器時代の聖域、そしてローマ時代の信仰の場へと、数万年にわたる人間の営みの層が同じ洞窟に重なっている点も、この遺跡の特異さを示している。

日本にとっての意味

古代ローマの女神信仰や、洞窟という特殊な祭祀空間の実態は、日本の読者にとってなじみの薄いテーマだろう。しかし、女性が信仰の担い手として記録に残る例は世界的にも限られているとみられ、今回の発見は、古代社会における女性の宗教的役割を考えるうえで貴重な手がかりになる。日本国内でも、巫女や女性祭祀者が担ってきた信仰の歴史があり、地域や時代を超えて女性と宗教儀礼の関わりを比較する視点は、考古学や宗教史に関心を持つ読者にとって示唆に富む。また、旧石器時代の壁画から鉄器時代、ローマ時代まで、一つの洞窟が数万年にわたり異なる時代の人々に使われ続けてきたという事実は、遺跡が単一の時代の記録ではなく、幾重にも重なった人間活動の痕跡であることを改めて示す事例といえる。