スーダン、内戦下でも首都カルツームの夜間外出禁止令解除
スーダンの首都カルツームで、2年間続いた夜間外出禁止令と非常事態宣言が解除された。内戦は依然として続いており、住民の移動や経済活動を正常化させたい当局の思惑がうかがえる決定だ。ただし検問や巡回は継続し、実態としての治安管理は緩んでいない。
何が起きたのか
カルツーム州知事アハメド・オスマン・ハムザ氏が主宰する治安問題調整委員会が、州都カルツームの夜間外出禁止令と非常事態宣言の解除を発表した。これにより住民は昼夜を問わず自由に移動し、働けるようになるとされる。
ただし解除後も治安体制は維持される。軍による巡回や検問所は市内各所で引き続き運用され、夜間に移動する住民には身分証明書の携帯が呼びかけられている。加えて、外国人がカルツーム州に入る際の規制も新たに設けられた。有効なビザや許可証を持たない場合、鉄道やバスを含む公共・民間の交通機関での入州は禁止される。
この夜間外出禁止令は、スーダン国軍と準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)の戦闘が激化した2024年5月に導入されたものだった。
背景
スーダンでは2023年4月以降、国軍とRSFの間で内戦が続いている。国連や国際機関の推計によれば、これまでに数万人が死亡し、約1300万人が住まいを追われた。首都カルツームは開戦当初から激しい戦闘の舞台となり、政府機能や住民生活が長期にわたり制約を受けてきた。
今回の解除の背景には、国軍側がカルツーム市内での軍事的な優勢を確立しつつあるという事情があるとみられる。RSFの戦闘員が国軍側に投降・離反する動きも伝えられており、少なくとも首都圏では戦況が国軍優位に傾いている可能性がある。もっとも、外国人の入州規制を新設する点や検問・巡回を維持する点からは、当局が完全な治安回復を宣言しているわけではないことも読み取れる。夜間外出禁止令の解除は、実際の安全確保というより、統治の正常化を内外に示す政治的な意味合いが強いという見方もできる。
内戦自体は首都だけでなく、青ナイル州など地方でも続いており、RSFが一部地域で軍事的な成果を主張する報道もある。和平に向けた国際的な仲介の試みも報じられているが、障害に直面しているとされ、全土での戦闘終結にはなお時間がかかるとみられる。
日本にとっての意味
スーダン内戦は日本で報じられる機会が少ないとみられ、多くの読者にとってはなじみの薄い出来事だろう。しかし今回のように、内戦が続く国でも首都の一部で統治機能の「正常化」が進められるという事例は、紛争と国家機能の関係を考えるうえで示唆に富む。国全体が戦争状態にあっても、実効支配の及ぶ地域では行政が段階的に平時の体制へ戻ろうとする動きが起きうるということだ。
また、スーダンは金やアラビアガムなどの資源国であり、内戦の帰趨は周辺国だけでなく国際的な人道支援や資源市場にも影響を及ぼしうる。日本からスーダンへの渡航者は限られるが、数万人が死亡する戦闘が続く以上、今回の措置が現地の治安改善を意味するものではないことには注意が必要だ。国連機関を通じた人道支援など、日本が間接的に関与する枠組みもあるとみられ、内戦の推移を継続的に把握しておく価値はある。