エジプトの伝統帆船を再生した船「Kemetale」、ナイル川に「ゆっくり旅」を呼び戻す
エジプトのルクソールとアスワンを結ぶナイル川で、19世紀に主流だった伝統的な帆船「ダハビーヤ(dahabeah)」を現代的に再生した船「Kemetale」が旅を提供している。客室はわずか8室で乗客は16人ほど。決まった日程に縛られない「漂うような」船旅を売りにしている。
何が起きたのか
Kemetaleは、ルクソールとアスワンの間の、比較的人が少なく自然が残るナイル川流域を航行する船だ。この区間には、フィラエ神殿、コム・オンボ神殿、エドフ神殿といった古代遺跡が点在する。一般的な大型クルーズ船は決まった行程に沿って遺跡間を移動するため、途中でろうそくを灯したバーベキューを開いたり、伝統舞踊を楽しんだり、思い立って野鳥観察をしたり、地元のマンゴー農家を訪ねたりする余裕がない。Kemetaleはこうした寄り道や即興の体験を前提に設計されている。
船の内装はカイロを拠点とするインテリアスタジオ、Eklegoが手がけた。従来のダハビーヤは12室ほどの窮屈な客室が並び、ラウンジは船首の狭い場所に押し込まれているのが一般的だった。Kemetaleはこれを見直し、客室数を8室に絞る代わりに、ガラス張りのラウンジや屋上デッキ、図書室のような空間を確保し、川の眺めを遮らない設計にした。共同経営者のアハメド・エル・レイシー氏は、空間の作りについて「神殿の間取りをたどるように、大きな広間から小さな広間へ、アーチ状の通路を抜けて移る構成になっている」と説明している。
家具や調度品は、古代エジプトの器物の様式を直接模倣するのではなく、解釈し直したデザインで、いずれも現地で製作された。インドのジャーリー(Jaali、彫刻を施した木製の格子細工)がラウンジの日よけとして使われているほか、食器はアフリカ、中東、南欧の職人が手がけた陶器を取り混ぜている。食事は16人ほどの乗客が一つのテーブルを囲み、エジプトの定番料理を解釈し直した一皿を分け合う形式で提供される。
背景
ダハビーヤは、蒸気船が主流になる以前の19世紀のナイル川で使われていた、2本マストの帆船だ。アガサ・クリスティの推理小説『ナイルに死す』の舞台になったのは、より騒々しい蒸気船だったが、それ以前の旅行者の多くはダハビーヤで川を旅していた。現在のナイル川は、大型で設備過多なクルーズ船が主流になっており、静かで小回りの利く帆船による旅は少数派になっているとみられる。
Kemetaleを立ち上げたモハメド・ハッサン氏とアハメド・エル・レイシー氏は、もともと砂漠での少人数向け体験旅行を企画してきた人物で、数年前に、これまで手がけてきた旅の要素を一つの船にまとめる形でKemetaleを始めたという。船名の「Kemet(ケメット)」は、ナイル川が運ぶ肥沃な黒土を指す古代エジプト語に由来する。内装にはシカモアイチジク、ナツメヤシ、アカシアといった、ナイル川沿いに古くから生育してきた樹種の木材がさりげなく使われている。エル・レイシー氏は「船を取り巻く景観に、内装が主張しすぎないようにしたかった」と述べている。
日本にとっての意味
日本の読者にとって、エジプトのナイル川クルーズは決してなじみ深い旅先ではない。しかし、Kemetaleが示しているのは、決まった時刻表通りに名所を巡る従来型の団体旅行から離れ、移動そのものの過程や、寄り道、職人が作った道具や器を味わうことに価値を置く旅のあり方だ。これは、近年日本国内でも見られる、鉄道やフェリーを使った「ゆっくり旅」や、地域の工芸品を宿の内装や食器に取り入れる宿泊施設への関心の高まりと重なる部分がある。少人数制で、乗客同士が一つの食卓を囲むというKemetaleの運営方法も、大型クルーズとは異なる旅の選択肢として、海外の高級旅行市場の動向を知る手がかりになる。日本からナイル川へ実際に足を運ぶ読者は限られるだろうが、伝統的な乗り物や工芸を軸に旅行商品を作り直すという発想自体は、国内の観光地づくりにも参考になりうる視点だ。