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英新首相バーナム氏、パルテノン・マーブルズ返還支持から後退

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英国のアンディ・バーナム首相は、パルテノン神殿の彫刻であるパルテノン・マーブルズをギリシャへ返還すべきだとかつて明言していたが、首相就任後の発言でその立場を後退させたことが明らかになった。英紙フィナンシャル・タイムズの取材に対し、返還の是非は大英博物館が判断することだと述べたためだ。グレーター・マンチェスター(Greater Manchester)の市長だった2023年当時の姿勢とは対照的な内容になっている。

何が起きたのか

バーナム氏は2026年7月に首相に就任した。就任後、フィナンシャル・タイムズの取材に「結局はこれは大英博物館の問題ではないでしょうか」と語り、法的な判断の所在も博物館にあるとしたうえで、英国の文化外交を活用することには強く賛成だと付け加えた。

かつてバーナム氏は、グレーター・マンチェスターの市長を務めていた2023年2月、マンチェスター博物館の再開行事で、大英博物館の理事長ジョージ・オズボーン氏が彫刻を返すべきかと問われた際、返すべきだと明言していた。同じ2月には交流サイト(X)にも投稿し、「送り返せ、条件なしで」と主張していた。

バーナム氏の首相就任を受け、専門メディア「ジ・アート・ニュースペーパー」が英国の文化行政を担当する省に問い合わせたところ、同省は、博物館の収蔵品の管理や貸与に関する判断は大英博物館の理事会の権限に属する、という趣旨の回答をしたという。

背景

パルテノン・マーブルズは、古代アテネのアクロポリスに立つパルテノン神殿を飾っていた彫刻群で、1817年から大英博物館に収蔵されている。当時オスマン帝国駐在の英国大使だったスコットランド貴族のエルギン卿が神殿から持ち出したとされ、彫刻は別名エルギン・マーブルズとも呼ばれる。どちらの呼び方を使うかには、返還を支持するか収蔵の正当性を認めるかという立場の違いがにじむとされる。

大英博物館は、1963年に制定された大英博物館法によって収蔵品を手放すことができないと説明している。バーナム氏は2002年、この法律の改正を目指す議員立法(博物館法案)を提出した7人の議員の一人だったとされるが、法案は成立に至らなかった。

返還交渉が長年膠着しているのは、「貸与」と「返還」の違いが大きいためとみられる。ギリシャ側は彫刻の所有権そのものを求めており、単なる貸与では応じない姿勢とされる一方、大英博物館法がある限り博物館側が提案できるのは貸与にとどまるとみられる。2022年には理事長のオズボーン氏が、ギリシャとの分担のあり方について交渉の余地があるとの考えを示していた。

その参考例として挙げられているのが、フランスから借り受けたバイユー・タペストリーだ。1066年のノルマン征服を描いたこの刺繍作品の英国への貸与は、2025年7月に当時のスターマー首相とフランスのマクロン大統領が立ち会う調印式でようやく実現した。マクロン氏はこの実現までフランス側が長年消極的だったことを認めており、友好国どうしの貸与ですら合意に何年もかかったことになる。大英博物館のニコラス・カリナン館長は、この経験がパルテノン・マーブルズの貸与に向けた手がかりになりうるとの見方を示す一方、法改正には想定外の影響が及ぶ可能性があるとも指摘している。バイユー・タペストリーは現地の2026年9月10日から大英博物館で公開され、2027年7月11日まで展示される予定だ。

日本にとっての意味

パルテノン・マーブルズをめぐる論争は、文化財の「返還」と「貸与」がまったく別の問題であることを示す代表例だ。所有権を認めない限り貸与にしかならず、所有権を認めれば他の要求にも波及しかねない。この構図は、海外に収蔵された文化財や遺骨の返還を求める議論全般に共通するとみられる。日本の博物館や大学が海外由来の収蔵品を持つ例や、アイヌ民族の遺骨返還が議論されてきた経緯もあり、こうした機関が返還を求められた場合も、最終的に判断を縛るのは法令であり、館長や政治家個人の意向だけでは動かないという点は参考になる。また、今回話題になったバイユー・タペストリーは2027年7月まで大英博物館で公開されるため、実際にロンドンを訪れる機会がある読者は、今回引き合いに出された作品を自分の目で確かめられる。