1079年に埋葬された「征服の男」、顔をデジタル復元 英国史の転換点を生きた一人
イングランド北部の教会跡から出土した約950年前の人骨について、英国の研究チームが歯の化学分析とDNA調査を行い、生前の姿と出身地の手がかりを明らかにした。研究者たちが「征服の男(Conquest Man)」と呼ぶこの人物は、ノルマン征服からおよそ13年後の1079年ごろに埋葬されたとみられる。分析結果をもとに、顔の外見を再現したデジタル画像も公開された。
何が起きたのか
人骨は1970年代末から80年代にかけて、イングランド北部バートン・アポン・ハンバーにある聖ピーター教会の発掘調査で見つかった。埋葬に使われたオーク材の棺は、1079年ごろに伐採された木材で作られていたことが分かっている。遺体は草の枕に頭を乗せ、リンゴの木で作られた杖3本とともに葬られていた。この教会と墓地からは約2800体分の人骨が見つかっており、埋葬の時期は900年近くにわたる。その中でこの1体だけが「征服の男」というニックネームで呼ばれ、数十年にわたり研究者の関心を集めてきたという。
今回の研究では、歯のエナメル質に含まれるストロンチウムという元素の分析を行った。エナメル質は子どもの頃に形成されると骨のように作り替えられないため、その化学組成を調べることで、幼少期にどの土地で育ったかを推定できるという。英国の文化財保護団体ヒストリック・イングランドの骨格生物学者サラ・スターク氏は、ストロンチウムは土壌に由来して食べ物を通じて体内に入るため、その土地の地質を示す手がかりになり、白亜質と粘土質では異なるシグナルが出ると説明している。今回の数値は、埋葬地であるバートン・アポン・ハンバー周辺の地質と一致した。
一方で、酸素の分析結果は別の可能性を示した。歯のエナメル質に含まれる酸素の値から、この男性は思春期の一時期をより寒冷な気候の土地で過ごした可能性が浮かび上がった。副葬品のリンゴ材の杖も、スカンディナビアで見られる埋葬の慣習と一致するという。研究の取りまとめ役を務めた英国の文化財団体イングリッシュ・ヘリテージの主任学芸員ケヴィン・ブース氏は、「彼が『サクソン人』だったのか『ノルマン人』だったのか分かりません。どちらでもなく、大陸やスカンディナビアの影響を受けた人物だったのかもしれません」と述べている。
骨格の分析からは、この男性が50代か60代で亡くなったこと、がっしりした体格で複数の骨折の治癒痕があったこと、身長が約155センチだったことも分かった。英国のリバプール・ジョン・ムーアズ大学の研究チーム「フェイス・ラボ」が、顔立ちを再現したデジタル画像を作成した。唇が薄く、生え際が後退した男性の顔が描き出されている。
背景
この男性が埋葬されたノルマン征服(Norman Conquest)は、英国史における大きな転換点とされる。1066年、フランス北部ノルマンディー公だったウィリアムがイングランドに侵攻し、ヘイスティングズの戦いでアングロサクソン系の王ハロルド2世を破った。ウィリアムはイングランド初のノルマン人の王となり、土地の所有制度や貴族社会の仕組みを大きく変えたとされる。領内の土地や財産を記録した「ドゥームズデイ調査」を命じたほか、ノルマン様式の城やロマネスク様式の教会の建設を進めたことでも知られる。今回の人骨が埋葬された教会は、ウィリアムに仕えた騎士の一人が所有していた私設の教会だったといい、ノルマン人が所有する教会での特別な埋葬だったとイングリッシュ・ヘリテージは説明している。
一方で副葬品にはスカンディナビアの伝統を思わせる要素も見られる。9世紀から10世紀にかけて、スカンディナビア半島からの襲撃者や商人、入植者がブリテン島、特に北部や東部の社会を大きく変えたことが知られている。この男性が亡くなった年齢から逆算すると、1016年から1035年までイングランドを統治した王クヌートの治世に生まれたとみられるという。ブース氏は、北海を挟んだ地域を一つの生活圏として捉え、若い頃にスカンディナビアからイングランドへ渡ってきた可能性が最も高いとみている。ウィリアムの軍に加わってノルマンディー経由でイングランド入りした可能性も否定はしていないが、その可能性は低いとの見方を示した。ただし、この男性がウィリアムの軍に加わっていたことを示す証拠は見つかっていない。
日本にとっての意味
この研究が示すのは、たった一体の人骨から、出身地や体格、さらには顔立ちまで復元できるようになった現代の考古学の手法である。歯のエナメル質に含まれる元素の比率を調べることで幼少期に過ごした土地の地質を推定する方法や、人骨の分析から容貌を再現する技術は、日本国内の遺跡調査でも応用が進む分野と重なる。渡来人の系譜や古代の人の移動を探る研究でも、同様の化学分析や顔の復元技術が使われることがあり、今回の事例はその手法の一つの到達点を示す例として参考になる。
また、この記事がノルマン征服という英国史の大きな出来事を、教科書的な年表としてではなく、その時代を生きた一人の身体の記録として描いている点も興味深い。国の支配者が入れ替わるという政治的な激変の中で、一人の人物がどこから来てどう生きたかは、公式の記録には残らない。骨や歯という物証を通じてしか近づけない歴史の断片であり、遺跡や人骨の保存と分析がいかに重要かを示す事例でもある。