エジプト・サッカラ遺跡で高官の墓発見、内部に「偽の扉」
エジプト観光考古省は現地時間8月29日、首都カイロ南郊にある古代遺跡サッカラで、約4000年前の高官の墓を発見したと発表した。墓の内部からは、あの世とこの世をつなぐとされる「偽の扉」や、遺体を弔うための道具一式が見つかった。周辺の発掘では盗掘を免れた副葬品も多数出土している。
何が起きたのか
発見された墓は、象形文字の銘文から「セケンティウ・プタハ(Sekhentiu-Ptah)」という人物のものと分かった。銘文によれば、彼は王の側近、王の建設事業の監督、王の文書の管理、女神マアトの神官、書記の監督など、いくつもの要職を兼ねていたとみられる。墓の中には「偽の扉」に加え、供え物を置くための台と、清めに使う水盤も残されていた。
偽の扉とは、実際には通り抜けられない、壁に彫り込まれた扉の形の装飾のことを指す。古代エジプトの人々は、死者の魂がこの扉を通ってあの世とこの世を自由に行き来できると信じていたとされる。
今回の調査では、墓のほかに複数の埋葬坑からなる区画も見つかった。坑の一部は古代のうちに盗掘されていたが、それでも遺体や副葬品が残っている坑が複数あり、ファイアンス(faience)製のシャブティ(ushabti)像が100点以上出土した。シャブティは、死者に代わってあの世での労働を肩代わりするとされた小さな人形で、副葬品として一緒に埋葬される習わしがあった。
今回の発掘は、サッカラにあるブバスティオン(Bubasteion、女神バステトにちなんで名付けられた区画)の西側で進められている調査の一環という。
背景
サッカラは、古代エジプトの首都メンフィスに置かれた墓地遺跡で、世界遺産に登録されている。紀元前2700年ごろから紀元前2200年ごろまで続いた古王国時代には、王族や有力者が葬られる場所として使われた。その後の時代も重要な埋葬地であり続け、ローマ時代に至るまで墓が造られ続けたことが分かっている。19世紀に本格的な調査が始まって以来、サッカラは古代エジプトの信仰や葬送の習わしを知る手がかりを数多く提供してきた。
考古省で働く考古学者マグディ・シャカー氏は、8月にAl-Monitorの取材に「王族の記念建造物にとどまらず、サッカラには古代エジプトのほぼすべての時代の高官の墓が密集しており、質の高い銘文や場面表現を伴うものも多い」と語っている。実際、2025年にもサッカラで約4100年前の埋葬室が見つかっており、王に仕えた医師のものとみられると発表されていた。今回の発見も、こうした層の厚い埋葬の歴史に新たな一例を加えるものといえる。
日本にとっての意味
偽の扉は、死者の魂があの世とこの世を行き来するための通路として設けられたと考えられている。日本の古墳では、埋葬後に石室の入り口を石でふさぐ閉塞という作業が行われるのが一般的で、死者の空間を外界から遮断する発想が中心にあったとされる。同じ「死者を弔う建築」でも、魂の出入りを想定するか、遮断を重視するかという違いがあり、比較すると古代エジプトの葬送観の輪郭が浮かび上がる。シャブティも同様で、死者があの世で働かずに済むよう労働を肩代わりする人形とされ、日本の古墳から出土する埴輪とは役割が異なるという指摘がある。
もう一つの接点は、より実際的なものだ。エジプト当局は2026年夏、サッカラへの来訪者増加に対応するため、アクセス道路や施設の整備を進める方針を明らかにしている。今回発見された区画を含め、将来的に観光客も訪れられる場所になっていく可能性がある。エジプトを旅行先として検討する日本人にとっても、サッカラは今後さらに見どころが増えていく遺跡として注目できる。