スミトリッチ財務相、パレスチナ記念碑40基の撤去を要求
イスラエルのベザレル・スミトリッチ財務相が、ヨルダン川西岸に立つパレスチナ人の記念碑40基を撤去するよう、ベンヤミン・ネタニヤフ首相に求めていたことが分かった。地元テレビ局チャンネル14が伝えた。8月25日(現地時間)には、スミトリッチ氏が率いる宗教シオニズム党に所属するクネセト(イスラエル国会)議員がパレスチナの村で記念碑をハンマーで破壊する様子を自ら公開しており、今回の要求はその5日後に出された。
何が起きたのか
発端は、宗教シオニズム党のツヴィ・スコット議員が、西岸のマダマ村にある記念碑をハンマーで打ち壊し、その様子を自ら発信したことだった。この記念碑には、イスラエルによって殺害されたパレスチナ人の名前が石の表面に刻まれていたという。ネタニヤフ首相は、法を自らの手で執行する行為だとしてスコット氏の行動を批判した。
これに対しスミトリッチ氏はエックス(旧ツイッター)上でスコット氏を擁護し、西岸各地の「テロリストの記念碑」をさらに数十基破壊すべきだと主張した。そのうえで8月下旬、ネタニヤフ首相に宛てた書簡で、パレスチナ人の記念碑40基のリストを添付し、イスラエル国防軍(IDF)に24時間以内の撤去を指示するよう求めた。書簡でスミトリッチ氏は「これらのテロ扇動(および記念)施設は、イスラエルの都市からわずか数分の場所に何年も存在してきた。それらを排除するための組織的で十分な取り組みはなされていない」と記している。ネタニヤフ首相はこの要求について、公にはまだ応じていない。
背景
ヨルダン川西岸は1967年の第三次中東戦争以降、イスラエルが占領を続ける地域で、パレスチナ人の自治区とイスラエルの入植地が入り組んで存在する。西岸各地には、イスラエルとの衝突や軍事作戦で死亡したパレスチナ人を追悼する碑が数多く建てられており、パレスチナ側はこれを犠牲者の記憶を伝える場と位置づけている。一方、イスラエルの右派勢力は、死者の中にテロ攻撃の実行者が含まれる場合があるとして、こうした碑を「テロを称賛する施設」とみなしてきた。
スミトリッチ氏は西岸などの入植地拡大を推進する宗教シオニズム党の党首で、財務相でありながら国防省内で西岸の民政を統括する権限も持つとされ、イスラエル右派政権の中心人物の一人と目されている。今回のケースでは、政権幹部の政党に属する国会議員が実力行使で記念碑を破壊し、その行為を正当化する形で財務相が組織的な撤去を要求するという構図になっており、個人の逸脱行為から公的な政策要求へと発展した点が特徴といえる。ネタニヤフ首相がスコット議員の行動を批判しつつ、スミトリッチ氏の要求にどう応じるかは今のところ明らかになっていない。
日本にとっての意味
日本のメディアが中東情勢について報じるのは停戦交渉や軍事衝突など大きな政治的動向が中心で、記念碑や慰霊碑といった文化財が破壊の対象になっている実態はほとんど伝わってこない。しかし紛争や占領が続く地域では、慰霊や記憶の継承のための建造物そのものが政治的な争点となり、時には実力行使や政策として破壊の対象になることがある。今回の一件は、ある政治勢力にとって「テロの記念」と映るものが、別の立場からは「犠牲者の追悼」であるという評価の対立が、現地の景観や文化財の存否そのものを左右しうることを示している。
日本は戦争や災害の記念碑・慰霊碑を数多く持つ社会であり、それらが誰の視点から何を記憶するための施設かをめぐって議論が起きることもある。西岸で起きているような、記念碑の解釈をめぐる対立が実際の破壊行為にまで至る事例を知ることは、記憶と政治が結びついたときに何が起こりうるかを考える手がかりになる。また、占領地における文化財の扱いは国際人道法上の論点にもなりうるテーマであり、中東情勢を理解するうえで軍事・外交だけでなく、こうした文化財・記憶をめぐる摩擦にも目を向ける価値がある。