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デンマークで過去最大のバイキング時代の銀、自宅の庭から出土

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デンマーク北部のレビルド(Rebild)で、自宅の庭にテラスを作ろうと土を掘っていた匿名希望の男性が、バイキング時代の銀の埋蔵品を見つけた。北ユトランド博物館(North Jutland Museums)によると、10世紀のものとみられる約700点、重さ18.5キロ近くにおよぶ銀製品で、確認されている中ではデンマーク最大のバイキング時代の銀の埋蔵品だという。The Art Newspaperが現地時間の9月3日に伝えた。

何が起きたのか

博物館によると、これまで最大だった約6.5キロのテルスレウの埋蔵品(Terslev Hoard)の3倍にあたる規模だという。約700点の中には、銀の延べ棒、腕輪、完全な形のものと破片をあわせて47点の貨幣、小さなトールのハンマー(トールは北欧神話の雷神)、切り分けられた銀片などが含まれ、もともとは粘土製の容器に納められていた。

見つけた男性は博物館の発表の中で「最初は古い鉄くずか柵の針金、それに土器の破片だと思いました」と振り返り、手で掘り進めるうちに宝飾品や貨幣、銀の延べ棒だと気づいたと述べている。延べ棒の一つにはルーン文字が刻まれており、「hutu」と読める可能性があるとされ、人名や所有者の印ではないかという。北ユトランド博物館で文化財保護の責任者を務める考古学者トーベン・サラウ氏(Torben Sarauw)はThe Art Newspaperに対し、この埋蔵品にはアラビア文字が刻まれた貨幣も含まれていると説明した。

博物館は記録作業を終えたあと、フュルカット(Fyrkat)で公開したいとしている。フュルカットはハラルド・ブルートゥース王(Harald Bluetooth)ゆかりの環状の要塞で、ユネスコ世界遺産に登録されており、バイキング時代の博物館が置かれている。

背景

サラウ氏は、銀が硬貨としてだけでなく重さを量って使う地金としても機能していた当時の経済を知る貴重な手がかりだと説明する。当時は必要な分だけ銀を切り取って支払いに充てる慣習があったとみられ、切り分けられた銀の破片が多く含まれているのはその名残と考えられる。埋蔵品にアラビア文字の貨幣が含まれている点も、バイキングの交易網が北欧にとどまらず、東方の川筋を通じてイスラム世界にまで及んでいたことを示す例のひとつとみられる。

銀を土中に埋めて隠す行為は、戦乱や移動に備えた財産の保全策だったとする見方があり、埋めた本人が何らかの事情で戻れなくなり、そのまま千年以上土の中にとどまった例は北欧各地で見つかっているとされる。サラウ氏によれば、この埋蔵品が埋められたのは、デンマーク王国が形をなしていく過程と、キリスト教がスカンジナビア全域に広がっていった時期に重なるという。政治的にも宗教的にも大きな変化のさなかにあった社会の一断面を伝える資料だという指摘だ。

ちなみに、近距離無線の通信規格ブルートゥースの名は、このハラルド・ブルートゥース王にちなむとされる。

日本にとっての意味

日本でも住宅の建て替えや造成工事の際に遺構や遺物が出ることは珍しくないとされる。今回のように個人が私有地の工事中に貴重な遺物を掘り当てる状況は、日本の読者にとっても想像しやすい場面だろう。デンマークには、見つけた人が国に届け出る danefæ と呼ばれる仕組みがあるとされる。今回の埋蔵品も、個人の庭から見つかったものが博物館当局の発表という形で公表されていることから、発見者が届け出を経て公的な手続きに入ったとみられる。日本にも埋蔵文化財を発見した際に届け出る制度があるとされ、私有地からの出土品がそのまま発見者の所有物にはならない点は共通するとみられる。ただし、補償の有無や金額、所有権の扱いといった制度の細部は国によって異なり、今回の資料だけでは確認できない。

むしろ注目したいのは、発見された遺物が最終的にどう扱われるかという道筋だ。今回の埋蔵品は、記録作業を終えたのち、ゆかりの史跡での公開が目指されている。日本でも出土した文化財が地域の博物館で公開される例は多く、個人の偶然の発見が地域の歴史を伝える公共の資料に変わっていく過程は、制度の違いを超えて共通して見られる流れといえる。