北マケドニア、独立記念を前に戦犯ムラディッチ称賛の波紋
北マケドニアが独立35周年を迎えるのを前に、旧ボスニア・セルビア人軍を率いたラトコ・ムラディッチ受刑者を称える発信が、閣僚が率いる政党と政府機関の長官から出た。ムラディッチは現地時間8月27日、終身刑の服役中に死去した人物で、ジェノサイド(genocide、集団殺害)などの罪で有罪が確定していた。これを英雄視する動きに対し、非営利団体メタモルフォシス財団のバルディル・ヤシャリ氏が寄稿し、批判した。
何が起きたのか
ムラディッチは1992年から1995年のボスニア紛争で、ボスニア・セルビア人勢力の司令官を務めた。2017年にジェノサイドや人道に対する罪、戦争犯罪で有罪判決を受け、2021年に控訴審でも判決が維持された。罪状には、スレブレニツァ(Srebrenica)での虐殺、サラエボでの民間人への攻撃、国連要員の人質拘束などが含まれ、「バルカンの虐殺者」と呼ばれてきた人物である。
そのムラディッチの死を受け、イヴァン・ストイルコヴィッチ地方自治相が率いる北マケドニアの少数派セルビア人政党「マケドニア・セルビア人民主党」は、彼を「軍と国民に尽くした将軍」として描き、多くの人はハーグでの裁判とは別の理由で彼を記憶するだろうと示唆した。また、コミュニティ権利行使庁のダリボル・キタノヴィッチ長官は、ムラディッチを第二次世界大戦期のナチス協力者ドラジャ・ミハイロヴィッチらと並べ「天の軍の将軍たち」と題した合成写真をインスタグラムに投稿し、後に削除した。
ヤシャリ氏は、一部メディアがムラディッチの死を伝える際、病歴や釈放を求める声を紹介する一方で、なぜ彼がハーグに収監されていたのかを明確に説明していない点も問題視している。
背景
北マケドニアは、アルバニア系、ボスニア系、セルビア系など複数の民族・宗教コミュニティが共存する多民族国家である。1990年代のユーゴスラビア紛争は同国そのものを戦場にしたわけではないが、隣接するボスニア・ヘルツェゴビナで起きたスレブレニツァの虐殺は、地域全体の記憶に深く刻まれている。国際戦犯法廷の後継機関である国際残余メカニズム(IRMCT)がムラディッチの有罪を確定させた経緯があり、その事実は死によって消えるものではない、というのがヤシャリ氏の主張の核心である。
北マケドニアの刑法407条aは、ジェノサイドや人道に対する罪、戦争犯罪を公然と否定・矮小化・是認・正当化する行為を、情報システムを通じたものも含めて処罰対象としているという。ヤシャリ氏は、投稿が具体的にこの構成要件を満たすかどうかは検察・裁判所が判断すべき問題だとしつつ、政治的・道義的責任は別途問われるべきだと指摘している。
なお同氏は、ムラディッチを批判することはセルビア人全体への非難ではないと強調している。刑事責任は個人に帰属するものであり、特定の民族集団の罪に一般化してはならない、という考え方である。
日本にとっての意味
少数派政党出身の閣僚が率いる政党や、少数民族の権利保護を任務とする機関の長官という、本来は多様性の擁護を担うはずの立場からの発信である点は、制度の信頼性そのものに関わる問題である。
こうした動きは、北マケドニアが目指す欧州連合(EU)加盟交渉にも影を落としかねない。EU加盟では、法の支配や少数派保護、近隣諸国との関係改善が条件として重視されるという。日本からは地理的にも歴史的にも縁遠く映る出来事だが、戦争犯罪の記憶がどう扱われるかという問題は、加害と被害の記憶をめぐる日本自身の歴史認識論争とも遠くない構造を持つ。他国の事例を知ることは、自国の議論を相対化する手がかりにもなる。