旧巨匠絵画偽造事件、仏検察がルフィーニ容疑者らの裁判請求
パリの検察当局が、旧巨匠(Old Master、主に14〜18世紀ヨーロッパの巨匠画家)の絵画をめぐる国際的な贋作事件で、中心人物とされるジュリアーノ・ルフィーニ容疑者の裁判開始を求めたことが分かった。検察は詐欺と資金洗浄の罪での起訴を求める一方、より重い組織的詐欺の罪については立件を見送る方針という。あわせて、作品の制作者とされる画家リノ・フロンジャ容疑者についても、イタリアで逃亡中として逮捕状の更新を求めている。
何が起きたのか
美術専門紙ジ・アート・ニュースペーパーが入手した文書によると、パリ検察のクレマンス・ラダフシャール氏とマリアンヌ・フロショ氏は、ルフィーニ容疑者について詐欺と資金洗浄の罪で裁判にかけるよう求めた。あわせて、同容疑者と現在金銭トラブルにあるとされる仲介者2人、ジャン=シャルル・メティアズ氏とミカエル・トルジュマン氏についても同様の罪での訴追を、さらにルフィーニ容疑者の息子マチュー氏についても資金洗浄罪での起訴を求めている。起訴内容は今後数週間のうちに判事が確認し、認められれば裁判は早ければ2027年にも始まる見通しだ。
長期にわたる捜査の中で、ルーヴル美術館付属のフランス国立美術館研究所や、米国の科学鑑定機関オライオン・アナリティカル、フランスの専門家ヴィオレーヌ・ド・ヴィルモルイユ氏、オランダの美術史家アンナ・トゥマース氏、クラーナハ・デジタルアーカイブの責任者グナー・ヘイデンライヒ氏らによる科学鑑定を経て、13点の作品が贋作と認定された。対象には、リヒテンシュタイン公のコレクションから押収された「クラーナハ作」とされたヴィーナス像のほか、フランス・ハルス作とされサザビーズと画商マーク・ワイス氏の間で法的紛争になった肖像画、オラツィオ・ジェンティレスキ作とされる「ゴリアテの首を見つめるダビデ」、ディエゴ・ベラスケス作と主張された「ボルジア枢機卿の肖像」、さらにエル・グレコやコレッジョ、ソラリオ、ブリューゲル一族に帰属された作品が含まれる。これらの作品の所有者の多くは、今なお真作だと信じているという。
検察はこれらの作品について、信頼できる来歴(provenance、美術品の所有者の変遷を示す記録)がないと指摘する。多くはフランスの実業家アンドレ・ボリー氏のコレクション由来とされていたが、検察は捜査の結果、ボリー氏が美術品コレクションを所有していた事実はないことが分かったとし、氏の孫や元従業員、相続手続きを担当した公証人がこれを確認したとしている。一方で検察は、時効や科学鑑定の不足、証拠不十分などを理由に、サザビーズが販売しメトロポリタン美術館でパルミジャニーノ作として展示された「聖ヒエロニムス」など18点については訴追を見送る方針も示した。この作品について検察は、現代の顔料が使われていることから贋作なのは間違いないとしつつも、立件は断念するとしている。
背景
事件の発端は2016年、リヒテンシュタイン公のコレクションからクラーナハ作として展示されていたヴィーナスの絵画が押収され、ルフィーニ容疑者が過去にこの作品を所有していたと判明したことだった。以後、事件はルーヴル美術館、ロンドンのナショナル・ギャラリー、ニューヨークのメトロポリタン美術館といった大手美術館や、サザビーズ、クリスティーズ、ドロテウムといった大手オークション会社、欧州各地の画廊、数十人に及ぶ専門家や画商を巻き込む大規模なスキャンダルに発展した。これらの組織は、ルフィーニ容疑者が売却し後に旧巨匠の作品として鑑定・展示された絵画を、何らかの形で真作と認定したり借り受けたりしていた経緯がある。
ルフィーニ容疑者は一貫して無実を主張しており、2016年にはジ・アート・ニュースペーパーの取材に対し「これらの作品の帰属を判断したのは画商や学芸員、専門家であって私ではない。私は一度もこれらの絵画を旧巨匠の作品だと鑑定したことはない」と語っている。2022年12月、同容疑者はパリで組織的詐欺と資金洗浄の容疑で立件され、保釈金100万ユーロで保釈されたが、司法当局の監視下に置かれている。息子マチュー氏も2023年に資金洗浄容疑で立件され、保釈金20万ユーロでイタリアへの帰国を認められた。フランスはフロンジャ容疑者に対する逮捕状を発付したが、2020年にボローニャの裁判所が身柄引き渡しを差し止めている。
マチュー容疑者は担当判事に対し、父親から名義貸し(プレテ・ノム、straw man)として利用されただけで、父の事業については知らなかったと説明してきたという。しかし検察は、マチュー容疑者の名前が複数の取引に登場し、パルマの建物の一部や家族の不動産など資産を蓄えていたと指摘する。2021年には、いわゆるフランス・ハルス作とされた肖像画の売却代金から230万ユーロを父親から受け取ったほか、フロンジャ容疑者に対してスイスの口座を通じ最大74万ドル、10万ユーロ、さらに61万8000ポンドに及ぶ支払いをした疑いがあるとされる。
美術品の帰属をめぐる鑑定は、科学分析と美術史的な様式判断を組み合わせて行われるが、専門家の間でも見解が割れることが珍しくない。今回のように市場で真作として扱われてきた作品が後年に贋作と認定される事例は、美術品取引における来歴の重要性を改めて示すものといえる。
日本にとっての意味
日本では西洋の旧巨匠絵画そのものの流通量は限られるものの、国内の美術館や個人コレクターも海外オークションを通じて西洋古典絵画を購入する機会がある。今回の事件は、著名な美術館やサザビーズ、クリスティーズといった大手オークション会社でさえ、鑑定を誤り贋作を扱ってしまう可能性があることを示した実例であり、来歴の確認がいかに難しく、また重要かを物語っている。
今回のように科学鑑定と美術史的検証を組み合わせた長期にわたる調査が国際的な司法手続きにつながった事例は、美術品の売買や寄贈を検討する日本の美術館、画廊、コレクターにとって、取引前のデューデリジェンス(due diligence、取引前の調査・確認作業)の重要性を考える材料になる。