ロンドン塔周辺の高層開発、世界遺産への影響めぐり保存機関と金融街が対立
英国の保存機関ヒストリック・イングランドと金融街シティ・オブ・ロンドンが、今後の超高層ビル開発がロンドン塔に与える影響をめぐって対立している。シティの成長方針を定める都市計画「シティ・プラン2040」の審理の場で、両者の溝が表面化した。
何が起きたのか
政府の歴史的環境に関する法定諮問機関であるヒストリック・イングランドは、現地時間9月2日と3日に開かれた審理で、ロンドン塔とシティのあいだに「さえぎるもののない空」が必要だと主張した。シティ東端でのオフィス建設計画は、ロンドン塔のユネスコ世界遺産としての地位への脅威になるという立場だ。
同機関の広報担当者は、大きな経済成長を実現しつつ世界遺産への害を減らす解決策を、関係者と一緒に探りたいと述べたうえで、「害の可能性を減らすことは世界遺産の保全にとって死活的に重要であり、ロンドン塔が『危機にさらされている世界遺産』リストに載る可能性を最小限にするために不可欠だと考えている」と語った。
一方のシティ側は、ロンドン塔とシティのあいだに空間を設けよというヒストリック・イングランドの要求は、貴重なオフィス開発用地を失わせると反論する。シティ・オブ・ロンドン自治体で都市計画・交通委員会の委員長を務めるトム・スレイ氏は、シティの郵便区は国内で最も経済的な生産性が高いとしたうえで、「国家的な経済の緊急時に正当な理由なく成長を損なうのは、靴ひもを互いに結んだままレースに出るようなものだ」と述べた。シティはロンドン塔とともに9世紀にわたって成長してきたのであり、二者択一だったことは一度もない、というのが同氏の言い分だ。
背景
シティ・プラン2040は、ロンドンの金融街の成長方針を定める都市計画で、域内に最低120万平方メートルのオフィス床面積を追加する目標を盛り込もうとしている。審理は、英国の住宅・都市計画担当閣外相マシュー・ペニクック氏が、計画がロンドン塔に与える影響をさらに検討するよう求めたことを受けて再開された。同氏は6月、計画が「経済成長を不当に制約することなく、不適切または有害な開発のリスクからロンドン塔を十分に守るためにあらゆる手を尽くしている」ことの確証を求め、これが計画公表の遅れにつながった。
11世紀にウィリアム1世がテムズ川沿いに築いたロンドン塔は、ユネスコの世界遺産に登録されている。英国には、開発が世界遺産の地位を実際に奪った先例がある。2004年に登録された「海商都市リヴァプール」は、港湾地区の再開発で景観が損なわれたとして2012年に危機遺産リスト入りし、2021年7月の第44回世界遺産委員会で登録を抹消された。ヒストリック・イングランドが危機遺産リストへの言及で警戒するのは、この経緯があるからだ。
日本にとっての意味
歴史的な景観と開発をどう両立させるかは、日本の都市でも現在進行形の問題だ。東京の明治神宮外苑の再開発をめぐっては、世界遺産の審査にも関わる国際NGOイコモス(国際記念物遺跡会議)が2023年9月、事業の撤回を求める「ヘリテージ・アラート」を発出した。国内では高輪築堤などに続く事例で、樹木の大規模な伐採・移植による環境の破壊が理由とされた。
ロンドンの審理が示すのは、保存側と開発側の対立を、公開の場で計画決定前に突き合わせる制度の姿だ。法定諮問機関が「危機遺産入りの回避」を明確な基準として掲げ、開発側も数字を挙げて反論する。結論はまだ出ていないが、保存と開発の折り合いを制度の枠内で探る手順の一例として、日本の読者にも知る価値がある。