ヴェネツィア・ビエンナーレ会長、ロシア参加巡りEUと対立も撤回せず
イタリア・ヴェネツィアで開かれる国際美術展「ヴェネツィア・ビエンナーレ」の会長ピエトランジェロ・ブッタフオーコ氏が、ロシアの参加を認めた判断について、イタリア紙コリエーレ・デラ・セーラのインタビューで改めて正当性を主張した。イタリア政府と欧州連合(EU)から批判を受けてきたが、同じ判断を繰り返すと述べ、方針を撤回しない姿勢を示した。
何が起きたのか
2026年5月に開幕した第61回ヴェネツィア・ビエンナーレは、ロシアとイスラエルの参加を巡って抗議活動が相次ぐ波乱の展覧会となった。イタリアの文化相アレッサンドロ・ジューリ氏は開幕への出席を拒否し、「プーチンがビエンナーレで勝った」と述べて批判した。ジャルディーニにあるロシアのパビリオンは、内覧期間の終了後に閉鎖された。EUはビエンナーレによるロシアの参加受け入れがEUの対ロシア制裁に抵触する恐れがあると警告し、7月にはビエンナーレへの200万ユーロの助成金を正式に打ち切った。
こうした批判に対し、ブッタフオーコ氏はロシアの参加を認めた判断を擁護し、「プーチンが勝ったのではなく、芸術が勝った」と述べている。現地の9月1日付で公開されたコリエーレ・デラ・セーラ紙のインタビューでは、勝ったのはビエンナーレであり、それは自分個人によるものではなく、131年の歴史の中で幾多の紛争を経てもなお常にすべての人を迎え入れてきた組織の歴史によるものだと語った。政府やEUとの対立を再び繰り返すかと問われると、すべてもう一度やると答え、自らが率いる組織にとって正当かつ適切な判断であり、公式文書には法律や規則に反する記述が一つもないと述べた。さらに、特定の国籍を理由に表現の自由を否定するEUの矛盾は、あらゆる権利憲章に掲げられた原則に照らせば前代未聞だと批判した。The Art Newspaperは、EUにコメントを求めたとしている。
ブッタフオーコ氏はインタビューの中で、ビエンナーレが最近手がけた取り組みとして、歴史ある機関誌の季刊誌としての復刊や、新しいポッドキャスト番組「Biennale on Air」の開始にも触れている。
背景
ヴェネツィア・ビエンナーレは1895年に始まった世界最古級の国際美術展で、各国が自国のパビリオンで作品を展示する形式を取ってきた。会長は現地の5月6日の会見でも、特定の国を締め出す動きは、世界が一堂に会する場というビエンナーレが掲げる使命に反すると述べており、今回の発言はその立場を踏襲したものとみられる。
ロシアは2022年のウクライナ侵攻以降、多くの国際文化イベントから事実上締め出されてきたとされる。EUは金融取引や特定分野の輸出入を制限する制裁措置を段階的に強化しており、文化交流の扱いはその範囲が曖昧な領域として議論の的になってきたとみられる。EUがビエンナーレへの助成金打ち切りという実力行使に踏み切ったのは、単なる抗議ではなく資金面での圧力を通じて方針転換を促す狙いがあったと考えられる。一方でビエンナーレ側は、国籍を理由に参加を一律に排除することは表現の自由の原則に反するという立場を取っており、両者の対立は制裁の目的と文化機関の自律性という、性質の異なる価値観のぶつかり合いになっている。
日本にとっての意味
この対立は一見、イタリア国内の政局やEUの制裁運用を巡る細部の話に見えるが、国際的な文化イベントが政治対立の当事者になり得るという構図を示す事例として読む価値がある。日本の美術館や国際展も、海外からの作品借用や共同企画、助成金の受け入れなどを通じて他国の政府や国際機関と接点を持っており、外交上の緊張が展覧会の運営そのものに波及する可能性がある。実際、ヴェネツィア・ビエンナーレには日本館があり、日本の美術関係者やアーティストも継続的に参加してきた歴史がある。今回のような対立が今後も続けば、参加国の選定基準や助成の枠組みがどう変化するかは、日本の文化機関が国際展と関わる際の前提条件にも影響し得る問題だ。また、文化と政治を切り離すべきだという理念と、制裁の実効性を担保したい政府側の論理がどう折り合うかという議論は、経済制裁や国際協調のあり方を考える上でも参考になる材料といえる。