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ポーランドのローマ時代墓地跡で、5000年前の歯の首飾りが出土

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ポーランド南部の遺跡で、ローマ時代の墓地の調査中に、それよりはるかに古い約5000年前の墓が偶然見つかった。墓からは成人男性のほぼ完全な骨格や琥珀の玉、石斧とともに、42本の歯を連ねた首飾りが出土した。研究チームは、撚り紐模様の土器で知られる「コーデッド・ウェア文化(Corded Ware culture)」に属する有力者の墓とみている。

何が起きたのか

発掘現場は、ポーランド南部のジュラヴィナ近郊にある遺跡で、もともと4〜5世紀ごろのローマ時代の墓地として知られていた場所だ。ヴロツワフ大学の考古学者トマシュ・グラーラク氏とヴロツワフ医科大学の人類学者パヴェウ・ドンブロフスキ氏らのチームが、2026年の夏にローマ時代の墓の調査を進めていた。

調査が終わりに近づいたところで、円形の盛り土の輪郭に気づいたという。これは古代の墳丘墓(バロウ)の痕跡で、掘り進めると、根元に穴を開けられた歯が隙間なく並んだ状態で見つかった。ドンブロフスキ氏はポーランド通信(PAP)の取材に対し、歯を通していた紐はすでに朽ちていたが、並び方から人の手で作られた装身具であることは間違いないと述べている。同氏は「最初に見た瞬間から、これは偶然ではないとわかった」とも語っている。

墓の中からは、成人男性のほぼ完全な骨格に加えて、別の成人2人分とみられる頭蓋骨の破片、装身具だった可能性のある琥珀の玉、フリント(火打石)製の刃物、緑色の蛇紋岩でできた石斧が見つかった。使用で欠けた石斧の形式から、墓の年代は紀元前2900年ごろと推定されている。

歯は狼や鹿、若いクマなど大型哺乳類のものとみられ、人間の歯が含まれている可能性も指摘されているが、これはまだ確定した情報ではない。グラーラク氏によれば、この首飾りは、比較対象となる青銅器時代のヴォイコヴィツェの出土品(歯4本のみ)よりはるかに手の込んだものだという。

研究チームは今後、放射性炭素年代測定で骨格の正確な年代を絞り込むほか、頭蓋骨や歯のDNA分析で性別や種を特定し、歯の摩耗やストロンチウム・炭素・窒素の同位体分析から食生活を調べる予定だ。また、追加で見つかった頭蓋骨の持ち主が意図的に斬首されたものかどうかも検証するという。

近隣のイヴィニ村でも、玉や斧、フリント製の道具に加え、生贄とみられる子牛の骨を伴う地位の高い人物の墓が見つかっており、両者とも紀元前3千年紀のヨーロッパに広く見られたコーデッド・ウェア文化の埋葬儀礼を示す例である可能性がある。

背景

今回の墓は、ローマ時代の墓地より約3000年もさかのぼる。後世の人々が同じ場所を繰り返し墓地として使ったため、地層の中に異なる時代の墓が重なって残っていたとみられる。

コーデッド・ウェア文化は、土器の表面に紐を押し付けたような模様が特徴で、紀元前3千年紀にヨーロッパの広い範囲に広がった新石器時代末から青銅器時代初期の文化とされる。墳丘墓は一族の長など重要な人物のために築かれることが多く、今回の男性も家族集団の指導者だった可能性があるとグラーラク氏は述べている。首飾りは狩猟の戦利品か、贈り物だったのではないかとみられている。

日本にとっての意味

墓の年代とされる紀元前2900年ごろは、日本列島でいえば縄文時代中期に相当する。縄文文化でも、イノシシの牙やクマの犬歯、シカの角などを加工した装身具が各地の遺跡から見つかっている。獣の牙を身にまとう習慣は、当時のユーラシア各地で並行して見られたと考えられる。今回の発見は、遠く離れたヨーロッパと日本列島で、同じころに似た発想の装身具文化が存在していたことをうかがわせる材料になる。

研究チームが今後進める放射性炭素年代測定やDNA分析、同位体を使った食生活の復元といった手法は、縄文時代の遺跡研究でも近年広く使われている技術と重なる。海の向こうの小さな発掘調査であっても、使われている分析手法や解釈の枠組みを追うことは、日本国内の縄文遺跡の報道を読み解くうえでも参考になるはずだ。