英政府、2050年の航空機CO2排出量見通しを5割上方修正
英政府は2026年6月、航空機のCO2排出量に関する見通しを静かに見直した。電動旅客機やSAF(sustainable aviation fuel、廃食油などを原料にした航空燃料)の普及ペースが従来想定より遅れるとし、2050年の排出量を従来目標よりおよそ5割高い水準に引き上げた。ヒースロー空港の第3滑走路建設をめぐる最終判断を2029年までに控える中での修正となる。
何が起きたのか
2022年に当時の保守党政権が示した「ジェットゼロ」戦略は、英国の航空部門のCO2排出量を2019年のCO2換算で3,820万トンから2050年に1,930万トンまで減らすという目標を掲げていた。2026年6月に公表された政府の新しい見通しでは、この2050年の水準が2,810万トンへと引き上げられた。従来目標よりおよそ5割高い数字である。
修正の主な理由は、SAFの普及率の見込みを2050年時点で燃料全体の50%から30%へ下げたことだ。SAFが燃料のライフサイクル全体で削減できるCO2の量も、従来の想定より少ないと見直された。加えて、機体の燃費改善ペースは年2%から1.3%に引き下げられ、電動旅客機の実用化も小型機の一部にとどまるとの見通しに改められた。
新たな政策や技術革新が進まず、旅客数の増加だけが続いた場合の「現状の傾向」シナリオでは、2050年の排出量は4,110万トンに達する。これはジェットゼロ戦略が掲げていた目標のおよそ2倍にあたる。いずれの見通しも、ヒースロー空港の拡張を含む複数の英国内空港の拡大を前提としており、旅客数は2050年までに少なくとも5割増える計算だ。
背景
SAFは廃食油などの廃棄物を原料とする航空燃料で、化石燃料由来のジェット燃料に代わる手段として各国政府が普及を後押ししてきた。ただし原料となる廃棄物の量には限りがあり、英国が掲げてきた2040年までにSAF比率22%という比較的控えめな目標でさえ、達成には膨大な量の廃棄物が必要で、現実には確保できない可能性もあると指摘されている。
英労働党政権はヒースロー空港の拡張を支持する立場を表明しており、この拡張を正当化する根拠としてクリーン技術の普及を繰り返し挙げてきた。しかし今回の見通しはその前提を弱めるものだ。航空環境連盟(Aviation Environment Federation)のティム・ジョンソン氏はカーボンブリーフの取材に対し、「クリーンな技術や燃料への依存が減ることで、温室効果ガスを大気から回収する取り組みの役割や規模、そして航空需要が5割増えるとの予測にどう対処するかをめぐる議論が、改めて開かれることになる」と述べている。
2050年になお残る排出量をネットゼロ目標と両立させるには、広大な森林を新たに植えるか、まだ実証段階にあり費用もかさむCO2回収技術に頼らざるを得ない。マンチェスター大学のロイス・ペニントン氏は、ヒースロー拡張分を除いても英国はすでに航空分野に割り当てられたカーボンバジェット(carbon budget、脱炭素目標達成のために許容される累積排出量の上限)を超過する見通しだと分析している。英政府に助言する独立機関である気候変動委員会(Climate Change Committee)は、排出量を抑えるには旅客数の伸びを抑制する必要が出てくるかもしれないと指摘している。
日本にとっての意味
日本の航空各社や国内の製油会社も、SAFの供給拡大を前提に脱炭素計画を組み立てている。だが英国の今回の見直しが示すのは、SAFの原料となる廃食油などの供給が世界的に限られており、政策目標だけでは調達量を確保できないという構造的な制約だ。日本の航空業界も、英国をはじめ各国の航空会社と同じ限られた原料を取り合う形になる可能性がある。日本自身も廃食油の供給国の一つに数えられている。
もう一つの接点は、将来の技術進歩を前提に空港拡張や増便を正当化する論法そのものにある。ヒースロー拡張をめぐる英国の議論は、技術の実現性が不確かなまま計画が先行する典型例だ。日本国内でも空港整備や航空需要の拡大が議論される際、同様の前提が置かれていないかを確かめるうえで、今回の英国の事例は一つの検証材料になる。