欧州の博物館で盗難相次ぐ ウィーンで430万ドルのネックレス奪われる
2026年夏、欧州各地の博物館で貴重な収蔵品が次々と盗まれる事件が起きた。オーストリアのウィーンでは高価な宝飾品を展示していたケースが数分で破壊され、スペインの博物館では青銅器時代の黄金遺物がまとめて奪われた。欧州刑事警察機構(Europol)は8月、博物館を狙う窃盗で暴力的で標的を絞った手口が目立つようになったと指摘する報告書を公表している。
何が起きたのか
現地時間8月27日、ウィーンの応用美術博物館(MAK)で、男2人が一般客として入館券を買って館内に入り、展示ケースを割ってネックレスを奪い、姿を消した。防犯カメラには2人の姿が記録されていた。
奪われたのはエジプトの元王妃ナズリ・サブリが身につけていたとされるダイヤモンドとプラチナのネックレスで、ダイヤモンド673個、合計200カラットを使い、2015年のオークションで約430万ドルで落札されたものだ。このネックレスは、宝飾ブランド「ヴァン クリーフ&アーペル」の120年の技を紹介する企画展の一部として、館の所蔵品約200点とともに展示されていた。 同じ8月27日には、スペインの中世の町ビリェーナで似た事件が起きた。窃盗犯は閉館中の博物館の窓から侵入し、4分足らずで「ビリェーナの財宝」と呼ばれる青銅器時代の黄金コレクションの大部分を持ち去った。
この財宝は1963年に考古学者ホセ・マリア・ソレル・ガルシアが発見したもので、その時代の黄金遺物としては最も重要な部類に入るとされる。腕輪29点、鉢11点、瓶3点などのほとんどが奪われ、残されたのは銀製の器3点と腕輪1点、儀式用とみられる杖の装飾の一部などにとどまった。奪われた品の素材としての価値は150万ユーロを超えるとみられるが、考古学的な価値は金額では測れないとされる。
この夏はほかにも被害が続いた。現地時間8月15日にはシチリア島の博物館からルネサンス期の画家アントネロ・ダ・メッシーナの作品4点が消え、7月にはフランスの高級ガラス工芸ブランド、ラリックにゆかりのある博物館から数百万ドル相当の宝飾品が奪われた。さらに2025年秋には、パリのルーヴル美術館でも大きな盗難事件が起きている。
背景
Europolが8月に公表した報告書「Changing Tactics, Changing Targets(変わる手口、変わる標的)」は、博物館を狙う窃盗の手口が暴力的で標的を絞ったものへ変わりつつあると指摘する。報告書によれば、かつては一人の首謀者を中心に組織された窃盗団が動くケースが多かったのに対し、最近はその場限りの緩やかな連携で犯行に及ぶ傾向が強まっているという。実行役は必ずしも組織の常連ではなく、SNSなどを通じて個別の犯行のためだけに募られることもあるとされる。
盗まれた宝飾品は、宝石を別の台座に付け替えたり、貴金属を溶かして素材として売ったりすれば、来歴を示す特徴が消え、転売しやすくなる。近年は貴金属や貴石の相場自体が上がっているため、こうした「換金」の効率がさらに高まっているという指摘もある。中国の古い陶磁器のように、収集家の需要が強く、美術市場に自然に流通しやすい遺物も、同様の理由で狙われやすいとされる。
博物館側は、警備を厳重にしすぎれば来館者を迎える施設としての開放性が失われ、開放的であり続けようとすれば侵入や強奪への抵抗力が下がるという難しさを抱えている。MAKもビリェーナの博物館も警備設備を備えていたが、犯行そのものを止めることはできなかった。Europolは、こうした暴力を伴う犯行が下見や事前の計画を伴う標的を絞った作戦と結びついていると指摘しており、犯人側は人と対峙するリスクをある程度引き受ける方向に傾いている。
日本にとっての意味
文化財の盗難は日本でも起きている。しかも標的の中心は、警備の厚い博物館ではなく地方の寺社だ。和歌山県では2010年春から翌年4月にかけて連続60件の文化財窃盗が起き、仏像172体が持ち去られた。人口減少と高齢化で住職のいない無住寺院が各地で増え、夜間は完全な無人になることが、狙われる条件をつくっている。文化庁は所在が分からなくなった文化財の一覧を国指定・未指定に分けて公開し、情報提供を呼びかけている。
Europolの報告書が挙げた「換金のしやすさ」という要因も共通する。宗教美術は古美術市場で人気のあるジャンルで、インターネットの取引の場もある。対策として、和歌山県立博物館は3Dプリンターで作った「お身代わり仏像」を寺に置き、本物を博物館で保管する取り組みを進めている。開放性と安全のどちらを取るかという欧州の博物館の悩みに対し、片方を複製で肩代わりさせるという日本発の答えだ。
国境を越えた盗品がどうなるかを日本は身をもって知っている。2012年10月、長崎県対馬市の観音寺から県指定有形文化財の観世音菩薩坐像が韓国人の窃盗団に盗まれ、韓国へ運ばれた。韓国の寺院が「もともと倭寇に略奪されたものだ」と主張して返還を争ったため、韓国の最高裁が観音寺の所有権を認めたのは2023年10月、像が対馬に戻ったのは12年7カ月後の2025年5月だった。盗まれた品が一度他国の法廷に持ち込まれれば、所有権が明白でも取り戻すのに十年以上かかる。欧州で消えた宝飾品や黄金の行方を考えるときも、この時間感覚は頭に置いておく価値がある。