ローマのトラヤヌス浴場、謎の海洋都市を描く巨大モザイクと壁画を公開
ローマ市は現地時間の9月12日、トラヤヌス浴場の地下で見つかった巨大な壁画「彩色都市」と「大モザイク」を初めて一般公開する。1世紀に制作されたとみられ、およそ2000年のあいだ地中に埋もれていた作品だ。1990年代の発掘で姿を現したものの、修復と整備に時間がかかり、公開は当面、15人までの少人数による予約制ツアーに限られる。描かれている海に面した都市の正体は今も分かっていない。
何が起きたのか
公開されたのは、青とテラコッタ色で海に面した城壁都市を上空から描いた壁画「彩色都市」と、色鮮やかな「大モザイク」だ。壁画は約10平方メートルの広さに、建物や劇場、神殿、広場、塔などが精密に描かれている。ローマ市の文化財担当責任者クラウディオ・パリージ・プレシッチェ氏は「どの都市を指すのか分からないが、とりわけよく知られた都市だったに違いない」と述べている。
モザイクは壁一面におよぶ大作で、装飾的な柱や台座に加え、ひげを蓄えた哲学者、ケンタウロス、月桂冠をかぶった詩人など複数の人物像が描かれている。発掘に携わった考古学者フランチェスコ・パチェッティ氏は「ローマ世界で見つかった中で最大の壁面モザイクだと考えており、まだどこまで続くのか掘り進めている最中だ」と話す。現在も新たな区画が現れ続けており、ぶどうの収穫とワイン造りを描いた部分の発掘が進んでいるという。
地上部分では、書物や文書を収めていたとみられる半円形の壁「エクセドラ(exedra、半円形に張り出した壁のくぼみ)」も見学できるようになった。ローマ市長ロベルト・グアルティエリ氏によると、壁のくぼみは書庫のような役割を果たしていたとみられる。地下の作品群には通路や照明、イベント用の階段状の座席なども整備され、見学は現地時間の9月12日から無料の予約制ガイドツアーで始まる。当局はまず試行期間を設け、来館者が作品に与える影響を確認したうえで、より広い公開を検討する方針だ。
背景
これらの作品が眠っていたトラヤヌス浴場は、皇帝トラヤヌスの命でダマスクスのアポロドロスが設計し、109年に完成した。広さは約6ヘクタールにおよび、当時世界最大の浴場施設だったとされる。考古学者たちは、ここが単に体を洗う場所ではなく、運動や社交、文化的な催しの舞台でもあったとみている。実際、ローマの浴場遺跡からは歯や医療用のメス、香水瓶、動物の骨、さいころ、コイン、装身具などさまざまな遺物が見つかってきた。
浴場が建つオッピオの丘は、コロッセオからほど近く、皇帝ネロが65年から68年にかけて豪華な宮殿ドムス・アウレアを築いた場所でもある。壁画とモザイクは浴場より古い時代のものとみられ、かつてはドムス・アウレアの一部だった可能性が指摘されているが、正確な由来は今も分かっていない。
日本にとっての意味
遺跡は見つけて終わりではなく、その後どう保存し、どう公開するかという課題がむしろ長く続く。この点は、日本の高松塚古墳やキトラ古墳の壁画をめぐる経緯と重なる部分がある。両古墳でも、極彩色の壁画をカビや湿度の変化からどう守るかが長年の課題となり、常時公開ではなく期間限定の一般公開や、応募多数の場合の抽選といった形で来訪者数を絞る運用が続いてきたとされる。
トラヤヌス浴場の今回の対応も、まず15人規模の予約制ツアーで試し、来館者が作品に与える影響を見ながら公開範囲を広げるかどうかを判断するもので、保存を優先する同じ発想に立っている。貴重な遺跡ほど「早く多くの人に見せる」ことより「壊さずに残す」ことが優先される点は共通している。
また実務的な点として、ローマを訪れる日本人旅行者は、この地下の壁画とモザイクを見るのに事前予約が前提になることを知っておきたい。観光の計画段階で見学枠の有無を確認する必要が出てくるだろう。