ブロイヤー家具90周年、Isokonがマスール樺材で限定再解釈
英国のデザインギャラリー、ベトン・ブリュットが家具メーカーのアイソコンと組み、建築家マルセル・ブロイヤーの合板家具を希少な「マスール樺」で作り直した「マスール・エディション」を発表する。ブロイヤーが1930年代にアイソコンのために手がけたデザインの90周年に合わせた企画で、ロンドン・デザインフェスティバルの期間中、東ロンドンのショールームで公開される。
何が起きたのか
対象になったのは、いずれも1936年に設計されたカットアウト・アームチェア、カットアウト・チェア、アイソコン・ネスティングテーブル、アイソコン・ダイニングテーブルの4点だ。アイソコンらしい簡潔で清潔な形はそのままに、装飾的な模様の入ったマスール樺に置き換えられている。
マスール樺は北ヨーロッパで育つ希少な木で、菌類や細菌の働きによって独特の渦巻き模様と小さな節が生じる。ベトン・ブリュット創設者のソフィー・ピアース氏は「とらえどころのない図像的な性格を買って選んだ。マスール樺は、ブロイヤーの精密なモダニズムの形にサイケデリックな質を持ち込む」と述べる。「その込み入った木目の模様が、デザインの明快さや抑制と際立った対比をつくり、見慣れた作品に別の感触を与える。しかもブロイヤーの構想には忠実なままだ」
企画の狙いは、ブロイヤーの家具は常に合板で作られ、装飾のないままであるべきだという思い込みに揺さぶりをかけることにある。実際、ブロイヤーのアイソコン向けのオリジナルは合板製だったが、シカモアやゼブラノ、マホガニー、オーストラリアン・ウォルナットで仕上げられることもあった。ピアース氏は「アイソコンの主任デザイナーだった時代に作られた歴史的な作例には、さまざまな仕上げがあり、合板が素材として変化と表現を担える力を示していた」とDezeenに語っている。
販売は限定で、価格は1,300ポンドから。点数の上限は設けないという。「マスールの単板は希少で、量をそろえて調達するのが難しい」とピアース氏は説明する。作品はギャラリー専売の受注生産となり、納期はおよそ10〜12週間を見込む。
背景
ベトン・ブリュットは長年アイソコンの初期の作品を扱ってきた経緯があり、そこからギャラリーとアイソコンの関係が生まれた。ピアース氏にとって、ブロイヤーのデザインを現代に読み替える仕事は、ひるむような作業であり、同時に心躍るものでもあったという。
「これほど象徴的な作品を扱うことには責任が伴う。それでも、限定的で専属的な作品群を提示するというベトン・ブリュットの理念に忠実でありながら、新しいかたちで見せられるのは刺激的だ」とピアース氏。「アイソコンとマルセル・ブロイヤーの物語に、ささやかでも加われたことは本当に光栄だった」
マスール・エディションは、現地の9月12日から20日まで、ロンドンのフェルステッド・ストリート30番地にあるベトン・ブリュットで公開される。
日本にとっての意味
合板を曲げて家具にするという技術は、日本の戦後デザインの土台でもある。1940年創業の天童木工は日本の木製家具メーカーとして初めて成形合板を実用化し、その技術の上に柳宗理のバタフライスツールが生まれた。1956年発表のこのスツールは、同じ形の成形合板2枚を真鍮の金具で接いだだけの構造で、ニューヨーク近代美術館に収蔵されている。ブロイヤーが1936年にアイソコンで試みたことと、天童木工が戦後に押し進めたことは、同じ技術の系譜の上にある。
さらに面白いのは、今回持ち込まれた「模様のある木」への感覚だ。日本には装飾性の高い美しい木目を「杢(もく)」と呼んで珍重してきた長い伝統がある。玉杢、鳥眼杢、縮み杢といった呼び分けがあり、こうした特殊な杢は多くの原木からわずか数パーセントしか取れない。床柱や茶道具、工芸品に使われ、値段も跳ね上がる。
つまり、モダニズムが長らく避けてきた「木目を模様として見せること」は、日本では最初から価値だった。マスール樺の渦巻きを迎え入れるブロイヤー作品の再解釈は、欧州のデザイン史にとっては挑戦でも、杢を愛でてきた日本の読者にはむしろ腑に落ちる話かもしれない。希少材を受注生産で少しずつ使うという売り方も、銘木を扱う日本の商いに近い。