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フィンランドの金属探知機愛好家、故郷で同国最大のバイキング時代の銀の埋蔵品を発見

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フィンランド南部シュスマの町で、地元出身の金属探知機愛好家カッレ・ラッピネンさんが、11世紀に埋められたとみられる銀の埋蔵品を発見した。銀貨の重さは合わせて約4.5キロ、枚数は少なくとも数千枚にのぼるとみられ、専門家はフィンランドで見つかったバイキング時代の銀貨埋蔵品としては過去最大規模としている。

何が起きたのか

ラッピネンさんが現地時間9月3日、故郷であるシュスマの土地を金属探知機で調べていたところ、機器が反応した。掘り進めると探知機の音が一段と強くなり、地下約45センチのところでコインの山を見つけたという。興奮が収まった後、ラッピネンさんはこれを当局に報告した。その後、近くの地点で探知機が再び反応し、2つ目の穴を掘るとまた別の銀貨のまとまりが見つかった。

報告を受け、近隣のラハティ市立博物館の考古学者エスコ・ティッカラ氏が翌日現地入りし、発掘調査を行った。同博物館の発表によると、出土品には切り刻まれた銀の破片(ハックシルバー)、銀の腕輪、銀の留め具、銀のビーズ、多数の銀貨が含まれる。銀貨はまだ洗浄も分類も枚数の確定もされていないが、専門家は数千枚はあるはずだとみている。銀の埋蔵品は白樺の樹皮製の容器2つに分けられ、約12メートル離れた場所にそれぞれ埋められていた。

ティッカラ氏によれば、埋蔵は西暦1000年から1050年ごろのものとみられる。これはバイキング時代の終盤にあたる時期だ。詳しい分析はこれから行われる予定だという。

背景

歴史学では「バイキング時代」を一般に793年(イングランドのリンディスファーン修道院襲撃)から1066年(ノルマン・コンクエスト)までの期間と区切ることが多い。ただしフィンランドは当時のスウェーデンやノルウェー、デンマークのように「バイキングの地」だったわけではない。ラハティ博物館のティッカラ氏は「『バイキング時代』という語は、フィンランドにバイキングがいたことを意味しない」と説明している。

それでも当時のフィンランドは、バルト海を渡る北欧の航海者たちの交易を通じて北欧文化圏と強く結びついていたという。その航海者の中には実際にバイキングもいた。

バイキング時代の終わりごろのフィンランドでは、北欧からの襲撃により社会は不安定だったとされる。同博物館の考古学者トニ・パウック氏によれば、銀を土中に隠す行為はこの時代のフィンランドではさほど珍しくなく、外部からの脅威による社会不安が背景にあるという。パウック氏は、この銀を隠した人物は、それが誰であれ取りに戻らなかったとし、埋蔵地に埋葬の跡は見つかっていないと述べている。

フィンランドでこれまで最大とされていた銀貨埋蔵品は、1895年に南西部のノウシアイネンで見つかった約2.2キロの一群だった。今回の発見はそれを大きく上回る規模となる。ヘルシンキ大学の考古学者エリヤス・オクサネン氏は、今回の事例を、責任ある対応と速やかな報告がなされた金属探知の好例だと評した。そのうえで、金属探知機を使う愛好家は、専門の考古学者が足を運ばない場所を調べることで、過去に関する貴重な情報をもたらし得ると指摘している。

日本にとっての意味

今回の発見は、専門の研究機関ではなく趣味で金属探知機を使う一般人が、自分の故郷でたまたま掘り当てたという点に意外性がある。実際、2026年に入ってからも、デンマークでは自宅の庭を造成していた住民が同国最大級のバイキング時代の銀の埋蔵品を発見し、ノルウェーでも4月に金属探知機愛好家のグループが同国最大の銀の埋蔵品を見つけている。北欧では市民による偶然の発見が相次ぎ、大きな考古学的成果につながっている。地中に眠る歴史が今なお日常の延長で見つかる土地だと言える。

日本では埋蔵文化財の扱いが文化財保護法の枠組みの中で定められており、個人が偶然掘り当てた文化財については原則として国や自治体に届け出る仕組みになっているとされる。フィンランドの今回の事例でも、発見者が興奮を抑えて速やかに当局に通報し、専門家が翌日には発掘に入るという流れが、貴重な出土品を破損なく保存する上で重要だったとみられる。考古学に馴染みのない読者にとっても、身近な土地に千年前の歴史が埋もれている可能性があるという事実や、それを守るための通報という一手間の大切さは、国を問わず考えさせられる話題だろう。