《夜警》の表面の細菌を調査 アムステルダムで展示化へ
アムステルダム国立美術館(ライクスミュージアム)が所蔵するレンブラントの《夜警》(1642年)で、絵の表面にすむ細菌のまとまりを調べる新たな調査が始まる。ニスのある部分とない部分の両方から6か月かけて試料を採り、動物園内の微生物博物館アルティス・ミクロピア(ARTIS-Micropia)と共同で培養・分析する。結果は現地の11月11日開幕の展示「The Night Watch Lives」で、実物大の複製に「どこにどんな微生物がいるか」を示す形で公開される。
何が起きたのか
採取を担うのは実験技師と美術館の修復担当者で、《夜警》の修復・調査プロジェクト「Operation Night Watch」の一環として、ガラス張りの公開スペースで作業が行われる。世界的に知られた絵画で表面の細菌を調べるのは初めてとされる。得られた試料は培養され、どの場所にどんな微生物がいるかを可視化する展示作品になる予定だ。
美術館の科学部門を率いるカトリエン・キューネ氏は「レンブラントの細菌が採れれば理想的で、それは聖杯だ」と話す。ただしこれはあくまで研究者の期待であり、現時点で、レンブラント本人に由来するDNAや指紋が見つかったと報じられているわけではない。実際に進んでいるのは、絵の表面に今すみついている細菌のまとまりを同定し、培養して展示する作業だ。
背景
この企画の出発点は、来館者自身が絵に痕跡を残しているのではないか、という発想だった。キューネ氏によると、人は歩き回れば生体材料を落とし、話せば唾液も飛ぶ。来館者が《夜警》にどう写り込んでいるか調べられないか、と学芸員が考えたのが発端だという。つまり主眼は、レンブラントの細菌探しそのものよりも、何百年も人が見続けてきた絵の表面が、実は今も人と微生物のやり取りが続く小さな生態系だという見方を示すことにある。
この調査は文化財の保存という文脈とも重なる。ライクスミュージアムの近年の研究では、同時代の画家の多くが膠でキャンバスを下塗りしたのに対し、レンブラントは油と鉛を混ぜた下地を使っていたことが分かっている。アムステルダムの湿った建物でカビが生えるのを防ぐためだったとみられ、これが微生物の繁殖を抑えた可能性があるという。こうした名画では、日々の穏やかな手入れとは別に、表面を深く洗浄するような大がかりな作業はおよそ50年に一度しか行われないとされ、表面に何がすみついているかを把握すること自体に意味がある。
ミクロピアの微生物学者エリーネ・ファン・ブロイス氏は、この企画を細菌の印象を変える機会だとも位置づける。人に病気を起こす微生物はごく一部にすぎず、逆に免疫を鍛える働きを持つものもあるとされる。「微生物はもともと良いものでも悪いものでもない」というのが同氏の立場だ。
日本にとっての意味
文化財が微生物の被害を受ける話には、日本の読者にも思い当たる例がある。古墳壁画がカビの被害を受け、保存のために取り扱いの見直しを迫られた経緯は広く知られている。高温多湿な気候の日本では、収蔵庫や展示室の温度・湿度管理そのものが文化財保存の重要な課題であり続けてきた。
今回の取り組みが示すのは、カビや細菌を単に「除去すべき敵」として扱うのではなく、まず何がどこにすんでいるかを把握し、可視化するという発想の転換だ。日本の美術館・博物館でも、公開と保存の両立をどう図るかは常に議論になる。来館者自身が持ち込む生体材料が展示環境に影響しうるという視点は、開館時間や動線設計、空調計画を考えるうえでも参考になる。