リヒターの常設パビリオン、ドーハに11月開館へ
ドイツを代表する現代美術家ゲルハルト・リヒター(94)の作品だけを展示する常設パビリオンが、カタールの首都ドーハに完成する。開館は現地の11月21日を予定している。著名建築家アナベル・セルドルフとの共同設計で、モザイクのような外観の六角形の建物が水辺の公園に建つ。計画はカタール・ミュージアムズ(QM、カタールの美術館群を統括する公的機関)が発注した。
何が起きたのか
計画の詳細は現地の9月10日、ベルリンのノイエ・ナショナルガレリーで発表された。現地の9月13日まで開かれたベルリン・アート・ウィークに合わせた発表で、QMの議長でカタール首長の妹にあたるシェイカ・アルマヤッサ・ビント・ハマド・ビン・ハリーファ・アール・サーニが説明にあたった。リヒター本人はベルリンに姿を見せず、妻で美術家のザビーネ・モーリッツと娘のエラが代理を務めた。
パビリオンの外観は、モザイク状の色彩パターンで覆われる。リヒターが1990年に手がけた絵画「アブストラクト・ペインティング(724-4)」をデジタル化し、8192本の細片に切り分けて2011年から再構成してきた手法を基にしたものだ。館内には同じ手法から生まれたストリップ・ペインティング(Strip paintings、細長い帯状のパターンを重ねた抽象画のシリーズ)3点と、彫刻作品ストリップ・タワー(Strip Tower)、さらに1980年代に始めたミラー(Mirror)シリーズの作品2点が並ぶ。天井には円形の開口部があり、自然光が差し込む設計になっている。
リヒターは声明で「ストリップ・ペインティングの制作を始めて2年目、ドーハの建築と歴史に触れたことが、この一連の作品の主題をひとつにまとめるパビリオンの着想につながった」と述べた。設計を担ったセルドルフは、鏡を使った演出について「鏡は二つの壁に配置されており、来場者は自分自身と、そして作品と絶え間なく対話することになる」と語った。
背景
このパビリオンが建つのは、I.M.ペイ設計のイスラム美術館と、これから完成する現代美術館「アート・ミル・ミュージアム」を結ぶ水辺の大型公園だ。アート・ミル・ミュージアムはもともと製粉工場だった建物を転用する計画で、開館は2030年を予定している。カタールは2000年代以降、石油・天然ガス収入を背景に美術館建設と美術品収集に力を入れてきた国のひとつで、今回のプロジェクトもその延長線上にあるとみられる。
QMは過去にもダミアン・ハーストの回顧展「レリックス」(2013〜14年)を主催するなど、著名作家の大規模個展を重ねてきた。アルマヤッサはリヒターについても、コレクションの詳細は明かせないとしつつ、同様の大規模な回顧展を計画していると述べた。関係者の話として、QMはすでにリヒターの主要作品を複数取得しているとも伝えられている。
発表では、4年に1度開かれる新しい国際美術展「Rubaiya Qatar」(第1回のテーマは「Unruly Waters」、直訳すれば「制御できない水」)の開催も明らかになった。アルマヤッサによれば、この企画は2017年にドイツのドクメンタを訪れたことがきっかけだという。域内でイランと米国の緊張が続くなかでも予定通り開催するとしており、リヒターのパビリオンはこの展覧会の一般公開が始まる現地の11月21日に合わせて開館する見通しだ。会期は2027年4月30日までで、ガーナの美術家イブラヒム・マハマがアート・ミル・ミュージアムとなる旧製粉工場を「包む」作品を含め、約60組の作家が参加する予定になっている。
設計を手がけたセルドルフは、ニューヨークのフリック・コレクションの改修やロンドンのナショナル・ギャラリー「セインズベリー・ウィング」の改修など、既存の美術館建築の仕事で知られる建築家だ。今回はリヒターの絵画の要素をそのまま建築の形に落とし込んでおり、より作家本人に近い立場での設計になっている点が特徴だ。
日本にとっての意味
一人の作家の作品のために建物ごと新設するという発想は、日本の読者にはむしろなじみがある。直島の地中美術館や豊島美術館のように、特定の作家やごく少数の作品のために建築から設計する例は国内にもあり、今回のドーハの計画はその発想を国家規模の文化戦略として展開したものと見ることができる。
ドーハは2022年のサッカーワールドカップ以降、日本人にとっても中東路線の乗り継ぎ地としてなじみのある都市になった。今回のパビリオンや2030年開館予定のアート・ミル・ミュージアムは、美術専門メディア以外ではまだあまり知られていないが、現代美術と建築の双方に関心のある層にとっては、渡航先の選択肢として今後注目されていく可能性がある。今回の常設パビリオンは、リヒターの作品世界を建築という新しい形で体験できる場になる。