HS2工事の掘削土でビスケット型タイル、オールド・オーク・コモン駅に
英国の高速鉄道HS2の駅として建設が進むロンドンのオールド・オーク・コモン駅で、工事の掘削土から作った壁タイルが用意されている。デザイナーのバフバク・ハシェミ=ネジャド氏とラファエル・エル・バズ氏によるコレクション「スイート・テレイン」で、中東の菓子を作る伝統的な木型をかたどった浮き彫りが特徴だ。
何が起きたのか
2人は、ウィルキンソン・エアの設計で建設中のオールド・オーク・コモン駅の現場から掘り出された粘土12トンを、埋め立て処分に回さずに引き取った。それを滑らかに整えてタイルに適した状態にし、コレクションの素材にしている。
タイルの浮き彫りの型は、アラブ世界に起源を持つ菓子マアムールを作るための木製の道具をかたどったものだ。発想の源になったのは、レバノンやシリアから移り住んだ中東出身の菓子職人が営む、西ロンドンの菓子店を訪ね歩いた経験だった。その人々の物語に光を当て、巨大で論争の絶えないHS2の事業に、土地に根ざした帰属意識と地域とのつながりを持ち込むことが狙いだという。
「目標は、最終的にそれを目にし使う人たちの心に響く、徹底して地域に根ざしたものを作ることだった。そうすることで誇りを植えつけ、既製品では不可能な物語を埋め込む」とハシェミ=ネジャド氏はDezeenに語った。エル・バズ氏も「資源の有効活用や循環性を超えて、地域の共同体を巻き込み、後に続く世代のために仕事を埋め込むことで、文字どおり足元から意味のあるものを作りたかった」と述べ、「インフラの事業は、大小を問わず、デザインによって人間味を帯び、文化的な共鳴を持つものにできる」と続けた。
製作は、英国最古級で現存する数少ない伝統的なタイルメーカー、クレイヴン・ダニル・ジャックフィールドと組んだ。同社はロンドン地下鉄向けのタイルを手がけた実績を持つ。菓子の木型を3Dスキャンして型を起こし、公共空間への設置に適した見え方になるよう、さまざまな寸法と彫りの深さで作られた。「浅すぎれば手ざわりが失われ、出っ張りすぎれば傷つけられて欠ける恐れがある」とハシェミ=ネジャド氏は言う。
背景
タイルは駅の多宗教用スペースやトイレ、通路といった「静かな場所」で使われる予定だ。正確な枚数はまだ決まっていないが、数千枚の規模になるとハシェミ=ネジャド氏は話している。現在はメーカーの釉薬研究室と組んで色と質感の仕上げを試している段階で、手作業で釉薬に浸す方法にこだわるという。それが大きなインフラ事業に人の手の感触を加えると考えているからだ。
相談を受けた菓子職人たちは、この仕事を「承認の行為」と表現した。スイートランド・ベーカリーのヴァスケン・ジェルマキアン氏は「このタイルが新しい駅で公共の場に出れば、私たち職人にも、地域にも家族にも、大きな喜びと誇りをもたらす」と語っている。
HS2はこれまで激しい論争にさらされてきた。路線が貫くチルターンズが特別自然美観地域(AONB、2023年からの対外呼称はナショナル・ランドスケープ)に指定されていることから、環境への影響が問題視されてきた経緯がある。タイルが納められるオールド・オーク・コモン駅は、完成すれば英国最大級の交通結節点の一つになる。
なお、ハシェミ=ネジャド氏は現在、ウズベキスタンの首都タシケントにある現代美術センター(CCA Tashkent)のデザイナー・イン・レジデンスを務めている。同センターは、スタジオKOが路面電車の車庫を改装した拠点を最近開いたばかりだ。
日本にとっての意味
工事で出た土をその場の建材に変えるという発想は、日本の建設現場が抱える課題とも重なる。国土交通省の建設副産物実態調査によれば、2018年度の建設発生土の有効利用率は79.8パーセントで、2008年度の71.7パーセントから着実に上がってきた。ただし利用の中身は他の工事現場での盛土や埋め戻しが中心で、掘った土がその現場の仕上げ材として人の目に触れる形で戻ってくる例はまれとみられる。
もう一つの読みどころは、誰の物語を駅に刻むかという問いにある。スイート・テレインが型を取ったのは、名所でも由緒ある建築でもなく、レバノンやシリアから来た菓子職人が日々使う道具だった。移民が根を下ろした街の暮らしそのものを、公共インフラの壁面に恒久的に刻む。外国人労働者が増え、その定着が各地で現実になりつつある日本にとって、駅や公共施設が誰の記憶を刻む場所なのかという問いは、これから避けて通れないものになる。