アイルランドの洞窟で氷期の線刻か、人類到達の時期が早まる可能性
アイルランド南西部の洞窟8か所で、指でなぞってつけた線やオーカー、炭の跡が見つかった。研究チームは、これらが1万5000年前から1万年前の氷期にさかのぼる可能性があるとみている。確認されれば、アイルランドで初めて見つかった氷期の洞窟美術となる。
何が起きたのか
古人類学者ジュヌヴィエーヴ・フォン・ペツィンガー氏がジョージ・ナッシュ氏、バーバラ・オーステルワイク氏とともに率いる調査チームが、2026年の夏、アイルランド南西部の洞窟で意図的に付けられたとみられる痕跡を発見した。フィンガー・フルーティング(finger flutings、洞窟の柔らかい壁面を指でなぞってつけた筋)が複数の洞窟で確認されたほか、オーカー(ochre、赤や黄の顔料になる土)や炭による線、動物の輪郭とみられる跡も見つかった。
調査はまだ初期段階で、痕跡が実際に氷期にさかのぼるかどうかは今後の年代測定で確定させる必要がある。フォン・ペツィンガー氏は「フィンガー・フルーティングが確認されている遺跡の9割以上は氷期のものだ」と説明しており、この特徴を年代の手がかりの一つとみている。今後、炭の放射性炭素年代測定、顔料の成分分析、壁にできた炭酸カルシウム層の年代測定などを進めるほか、フィンガー・フルーティングに残った古代DNAの分析も試みる方針という。
チームは洞窟探しに、自ら設計した新しいAIシステム「LIACARA(Living Intelligent Archive of Ancient Culture, Art, and Relational Archaeology)」を使った。地質データや石灰岩の分布、氷期の海面・氷床の変化などのデータを組み合わせ、洞窟や人類の痕跡が見つかりやすい場所を予測する仕組みという。この予測に基づいて28か所の洞窟を調べたところ、8か所で詳しい調査に値する痕跡が見つかった。
ただしAIが示した候補地の的中率自体は、痕跡の年代が確定していない現時点では未検証のままだ。遺跡保護のため、チームは具体的な場所を明らかにしていない。
背景
アイルランドは、北西ヨーロッパの中でも人類が定住したのが最も遅い地域の一つとされてきた。人類の存在を示す確実な証拠としてこれまで受け入れられてきたのは、クレア州で見つかった切り込みのある熊の膝の骨で、年代は約1万2500年前とされる。コークで見つかったトナカイの骨には約3万3000年前の狩猟の跡とみられる傷があり、動物考古学者ルース・カーデン氏が2021年に人類の関与を指摘したが、この説はなお議論が続いている。
一方、海を挟んだウェールズでは人類の存在がはるかに古くから確認されている。海食洞ベーコン・ホールの岩絵は少なくとも1万7100年前にさかのぼるとされ、北西ヨーロッパで最古の例とみられている。
研究チームは、氷期には海面が今より低く、アイルランドとウェールズの間の海も狭くなっていた可能性に着目した。フォン・ペツィンガー氏は「氷期にウェールズに人が住んでいたなら、近づいていた時期に歩いて渡らない理由があるだろうか」と話しており、当時は陸地に近かった場所を人々が徒歩で渡った可能性を想定している。ただし、この陸路の存在自体はまだ証明されていない仮説だ。
アイルランドでは、ミース州のニューグレンジのような屋外の遺跡に先史時代の線刻が残る例はあるものの、洞窟の中に残された痕跡はもともと非常に少ない。今回のような発見が乏しかったこと自体が、アイルランドの定住開始時期が遅いと考えられてきた一因ともいえる。
日本にとっての意味
海面が下がって陸地がつながる、あるいは海峡が狭まって渡海がしやすくなるという氷期の地形変化は、日本列島に人類がいつどう到達したかを考える上でもたびたび登場する論点だ。日本列島でも旧石器時代に大陸や周辺の島々との間でどのような経路をたどって人が渡ってきたのかは、今も研究が続いている。海を渡る手段や航路をめぐっては、様々な見解が示されてきた。今回のアイルランドの事例のように、海面変化による陸路の仮説を立ててから現地の洞窟を探すという手順は、こうした議論を検証する方法の一例として参考になる。
また、日本では洞窟の中に残された旧石器時代の壁画や線刻の発見例がきわめて少ないとされ、その理由については気候や地質による保存条件の違いなどが指摘されている。アイルランドも同様に洞窟内の痕跡が乏しい地域とされてきたが、今回はAIで洞窟の候補地を絞り込むという新しい手法によって、これまで見過ごされてきた可能性のある痕跡が見つかった。研究チームはこのAIシステムを公開する方針を示しており、実用性が確かめられれば、痕跡の少ない地域で手がかりを探す手法として、日本を含む他地域の考古学研究にも参考にされる可能性がある。