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中世の写本に残る羊皮紙から、羊痘ウイルスの古代DNAを検出

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1000年前に作られた豪華な装飾写本「ヨーク福音書」は、これまで美術史や宗教史の史料として読まれてきた。だがこの写本の羊皮紙そのものが、家畜の伝染病の歴史を記録した生物学的な資料でもあったことが、新しい研究で分かった。研究者たちは中世の写本の羊皮紙や紙から、羊の病気である羊痘(ようとう、sheep pox)のウイルスDNAを検出したと発表した。

この研究は、アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの遺伝学者ルイ・ロート氏らのチームによるもので、2026年9月に学術誌サイエンス・アドバンシズに発表された。研究チームは、ケンブリッジ大学、エール大学、オーストリア国立図書館、ランベス宮殿図書館などが所蔵する、8世紀から14世紀にかけて作られた写本からサンプルを採取した。対象には、装飾が豊かな「ヨーク福音書」、800年頃に作られた初期の英語辞典「コーパス・グロッサリー」、8世紀初めごろの「パウロ書簡」の注釈入り写本、ボーヴェのヴァンサンがまとめた百科事典「大鑑」(Speculum Majus)の15世紀の一部などが含まれていた。

特に注目されたのは、羊痘ウイルスのDNAが羊皮紙だけでなく、子牛や山羊の皮で作られた写本、さらには紙のページからも見つかったことだ。研究チームは、これが動物間で感染が広がっていたことを示している可能性もあれば、紙を丈夫で滑らかに仕上げるために当時使われていた動物由来のゼラチンや糊を通じてウイルスが紙に混入した可能性もあると指摘している。写本から得られたウイルスゲノムの解析からは、羊痘ウイルスが少なくとも3500年前から欧州の家畜に感染していたと推定されている。

研究チームは今回、写本のほか、ロシアと中央カザフスタンにある青銅器時代の牧畜民の遺跡から見つかった羊の歯からも、別の羊痘ウイルスのゲノムを検出した。この歯のサンプルにより、ウイルスの確認できる歴史は紀元前1700年ごろ、およそ3700年前までさらに遡ることになった。写本と歯の両方を合わせ、研究チームは紀元前1700年ごろから1917年までの合計21のウイルスゲノムを復元した。

何が起きたのか

研究チームは、こうして得た古代のウイルスDNAを現代の羊痘ウイルスの遺伝情報と比較し、ウイルスの系統関係を示す「家系図」を作成した。その結果、羊痘ウイルス、山羊痘ウイルス、そして家畜の皮膚に結節を作るランピースキン病(lumpy skin disease、牛などの皮膚に多数のこぶ状の腫れができる伝染病)ウイルスの3つは、いずれも共通の祖先から分かれたことが示された。この分岐が起きた時期は、1万1500年前から3700年前のあいだと推定されている。

研究チームはさらに、羊痘ウイルスの遺伝子配列が過去数千年にわたって比較的安定していたことも確認した。この特徴は、今後の防疫対策を考えるうえで手がかりになりうるという。実際、ギリシャでは2026年9月時点で羊と山羊の羊痘・山羊痘の流行が続いており、感染拡大を防ぐために数十万頭規模の家畜が殺処分されている。

背景

羊痘は羊がかかる伝染性の高い病気で、感染が広がると群れ全体が大きな被害を受け、致死率も高い。家畜の伝染病がいつ、どこで始まったかを知る手がかりは通常、遺跡から出土する動物の骨や歯に限られていた。今回の研究が示したのは、羊皮紙や紙という、図書館や文書館に大量に保存されてきた資料もまた、古代の病原体のDNAを閉じ込めた「標本」になりうるという点だ。ロート氏は、世界各地の文書館や図書館にも、過去の動物の病気の流行を示す遺伝的な痕跡が眠っている可能性があると述べている。

羊痘ウイルスの起源が今回の研究であらためて注目されたのは、家畜の移動や飼育の方法が大きく変化した時期と、ウイルスの系統が分岐した時期がおおむね重なっていたためでもある。人が羊や山羊を広い範囲で移動させ、新しい方法で飼育するようになったことが、ウイルスの分化や新しい家畜への感染の広がりに関わっていた可能性がある。ギリシャの流行は、この古いウイルスが今も現役の脅威であることを示す事例として、今回の成果と結び付けて紹介されている。

日本にとっての意味

この研究が示した意外な点は、羊皮紙だけでなく紙からもウイルスDNAが見つかったことだ。研究チームは、紙を強く滑らかにするために使われた動物由来のゼラチンや糊が、ウイルス混入の経路になった可能性を指摘している。日本の古い文書や絵画でも、紙や絹を補強したり彩色を定着させたりするために、動物の皮や骨から作る膠(にかわ)と呼ばれる接着剤が古くから使われてきた。今回と同じ手法が日本の古文書に使えるかどうかは分かっていないが、書物や絵画そのものが過去の生物情報を記録した資料になりうるという発想は、日本の古文書研究にとっても新しい視点を与えうる。

もう一つの接点は、ギリシャで続く家畜の殺処分という現実だ。日本でも過去に口蹄疫や鳥インフルエンザが流行した際、感染拡大を止める手段として大量の家畜や家禽の殺処分が行われてきた。数千年前から存在し、遺伝的にも安定しているとされる羊痘ウイルスが、現代でも群れ単位の殺処分という同じ対応を強いている事実は、家畜の伝染病が地域や時代を超えて繰り返し人と家畜の関係を試してきたことを物語っている。