客用の住戸を住める収蔵庫に ロンドン芸術大学、学生と卒業生の117点を買い上げ
ロンドン芸術大学(UAL)が、学生と卒業生の作品117点を買い上げた。支払額は6万1686ポンドで、事業予算の91.98パーセントが制作者へ直接渡った計算になる。作品が置かれたのは美術館ではない。大学が来客を泊めるために持っている住戸だ。泊まった人はそこで食べ、眠り、風呂に入る。
何が起きたのか
住戸の名は「Atterbury Flat」。寝室が二つある。チェルシー・カレッジ・オブ・アーツの敷地内にあり、建物は旧王立陸軍医科大学のグレードII指定建造物だ。大学が2005年にこの建物へ移って以来、客員教授や来賓の宿泊に使われてきた。
そこに目をつけたのが、UAL講師のゾーイ・タイナン=キャンベル氏である。大学がこれまでほとんど収集してこなかった学生作品を、住み込める形のアーカイブとして集める場に変えられると考えた。共同キュレーターには卒業生のアビゲイル・リグビー氏とバイラヴィ・ヨガシヴァム氏が入った。3人は全カレッジ58コースの学生・卒業生400人以上に当たり、第1次の取得として117点を購入している。
買われたものは大きく三つに分かれる。一つは卒業制作展で注目を集めた一点物で、色が変わる椅子や、紙を160キロ積み上げた概念的なコーヒーテーブルがこれにあたる。二つ目はUAL出身者が立ち上げた会社の市販品だ。Blackmarketの詰め替え式石鹸、Easy Hangの折りたためるハンガー、Tiipoiのインドの川の粘土を手で成形した調理器具が入った。三つ目はこの住戸のために作られた特注品で、陶芸家でCounty Hall Potteryを率いるエマ・ルイーズ・ペイン氏による緑のグラデーションの浴室タイルと揃いの洗面台、ネハ・ラタンチャンド氏が作った芳名帳に署名するための巨大な鉛筆がある。
小さい物も対象から外れない。はさみ、タロットカード、数枚のふきん、リサイクル袋で作ったリサイクル袋も卒業生の提供品だ。一方で以前からある普通の家具も残っていて、アーカイブが増えるのに合わせて入れ替えられていく。
内装と空間の設計も、この3人が引き受けた。色の出発点にしたのは、モリー・クック氏の作品である。
背景
クック氏は、タイナン=キャンベル氏が最初に回った卒業制作展の、最初の部屋にいた。写真と素描と、その場で耳を澄ますことを重ねて、ある場所に固有の色を導き出すという手法を発表していた。同じ手法でこの住戸のために作ったグラフィック作品は台所に掛けられ、ほかの参加者への参照として配られている。
タイナン=キャンベル氏は、この企画の一部は何を集め何に価値を置くのかを問うことにあると述べる。大学はファインアートのコレクションを持っているが、その大半は絵画と写真と二次元の作品だ。六つのカレッジにこれだけ多くの分野があるのに、なぜファインアートだけが集める価値を持つのか。ほかのコースが生み出す語りや物語や物を、なぜ集めないのか。そう問いを立てた。同時に、集めない理由が実務にあることも認める。最大の制約は場所で、この住戸はすでにそこにあり、新たに建てる必要がなかった。
制作を外に出さなかったことにも理由がある。「学生にできることへの徹底した信頼の行為として、この企画を始めた」とタイナン=キャンベル氏は語った。外部の代理店や会社ではなく学生に機会を与えるということであり、一人残らず期待に応えたという。同氏はこの試みを、学生作品の発注と収蔵の新しい型だと見ている。知る限り、大学の住居を兼ねたこの種のアーカイブは例がないという。
住戸は9月12日から20日まで、ロンドン・デザイン・フェスティバルの一環として公開された。会期が終わったいまは、再び客員教授らの宿泊先として使われている。
日本にとっての意味
学生の作品を大学が買い上げる制度そのものは、日本のほうがはるかに古い。東京藝術大学の買上制度だ。
始まりは昭和28年(1953年)。前身の東京美術学校にも卒業制作を買い上げて収蔵する仕組みがあり、明治26年(1893年)に最初の卒業生を送り出して以来、学生作品を教育資料として集めてきた。いま大学が所蔵する学生制作品は1万件を超える。2023年の春には、そこから約100件を選んだ「買上展」が開かれた。
制度の形は「卒業および修了制作の中から各科ごとに特に優秀な作品を選定し、大学が買い上げてきた」というものだ。いまでは多くの科で首席卒業と位置づけられている。その積み重ねが70年以上続いている。
UALのやり方は、ここから外れている。58コースの400人以上に声をかけ、一度に117点を買った。基準は首席かどうかではなく、この住戸に置けるかどうかである。だからはさみもふきんも対象になる。予算の91.98パーセントが制作者へ渡ったという数字は、これが賞ではなく買い付けだったことを示している。
もう一つの違いは、買った後の動詞だ。藝大は収蔵し、展示する。UALは使わせる。客員教授は学生の作ったマグでコーヒーを飲み、学生の作った取っ手を回して部屋を出る。壊れるものは壊れるし、そのときは入れ替わる。残すことと使うことのどちらを選ぶかで、同じ「買い上げ」がまったく別の制度になる。