17世紀の女性画家、名前の性別誤読と裁判記録から実像が浮かぶ
ノルウェーの国立美術館で現地の2026年10月8日から2027年2月7日まで開かれる展覧会の準備調査で、17世紀ローマの画家クラウディア・デル・ブファロについての新事実が明らかになった。長らく男性画家の作とされてきたが女性だと判明していた人物で、今回はさらに、名門一族の出身ではなかったことや、殺人事件の裁判記録に名前が登場することが分かった。作品の再発見も期待されている。
何が起きたのか
クラウディア・デル・ブファロの名は、これまで1点の絵画でしか知られていなかった。1604年に描かれた「ファウスティナ・デル・ブファロの肖像」で、赤毛に豪華な錦の衣装をまとった女性を描いている。絵には作者の姉妹を描いたという書き込みがあり、長年「クラウディオ・デル・ブファロ」という男性画家の作とされてきた。署名が男性形に読めたためだ。
1990年代にこの絵がオークションに出た際、購入したのはローマの名門デル・ブファロ家の関係者だった。肖像の女性が豪華な服を着て、一族の紋章である水牛の頭部をかたどった小さな飾りを手にしていたことから、名門一族の一員だろうと推測されていた。その後の研究で、作者は「クラウディオ」ではなく女性の「クラウディア」だったことが判明していた。
今回、研究者フランチェスカ・クルティの調査により、さらに大きな事実が分かった。展覧会の共同キュレーターであるパトリツィア・カヴァッツィーニ氏によれば、クラウディアもファウスティナも、実は名門デル・ブファロ家とは無関係で、たまたま同じ姓を持っていただけだったという。クラウディアはローマで活動した詩人で、演劇の興行主でもあり、職業画家でもあった。結婚していたが愛人がおり、悔い改めのため修道院に送られたこともあるという。
裁判記録からは、さらに踏み込んだ事実が見つかった。クラウディアは高級娼婦だった可能性があり、ローマでのある裁判に名前が登場する。夫が義理の兄弟を殺害した事件で、クラウディアはその夫をかくまったとして訴えられていたという。家の財産目録の調査では、ほかに少なくとも2点の重要な作品の存在も示唆されており、「クラウディオ」の作とされたまま埋もれている絵がさらにある可能性もあるという。
背景
17世紀のイタリアでは、女性が画家として名を残すこと自体が難しかったとされる。正式な美術アカデミーへの門戸は限られていたとみられ、女性は父や夫の工房で技術を学ぶことが多かったという。作品が男性名で流通したり、より知名度の高い男性画家の作とされたりする例は珍しくなかったという指摘もある。市場価値の面で男性画家の名の方が高く売れやすかった事情も影響したとみられる。
今回の発見を支えたのは、家の財産目録や裁判記録といった一次資料の掘り起こしだった。美術史の研究では、作品そのものだけでなく、こうした古文書を丹念にたどることで作者の実像に迫ることがある。カヴァッツィーニ氏は「彼女は何らかの訓練を受けていたはずで、絵の技量は高く、肖像画を得意にしていたと考えられる」と述べている。
展覧会では、クラウディアの作品のほかにも再評価の例が並ぶ。アルテミジア・ジェンティレスキ作とされる「マグダラのマリア」は長年リベーラの作とされていたが、1970年にジェンティレスキのカタログ・レゾネ(catalogue raisonné、ある画家の全作品を網羅した目録)の著者がその可能性を指摘し、今回の展覧会に向けた調査でさらに裏付けられた。人物の左手にある箱は、キャンバスの穴を隠すために後から加えられたものと判明し、取り除いたことで手の描写の不自然さが解消されたという。
もう1点、ブドウの皿と死んだ鳥や果物を描いた静物画は「作者不詳」として収蔵庫に眠っていたが、共同キュレーターのシンシア・オシエツキ氏が17世紀フランドルの静物画家クララ・ペータースの作と見抜いた。オシエツキ氏は「女性は肖像画と静物画だけでなく、大きな歴史画や主要な祭壇画も手がけたことを示したい」と話している。
日本にとっての意味
今回の発見は、ローマの一画家をめぐる地域的な出来事のようにも見えるが、日本の美術館にも「作者不詳」として収蔵庫に眠る作品は少なからずあるとみられ、同様の再検討の余地がある可能性は否定できない。海外の美術館が財産目録や裁判記録まで掘り起こして作者を特定する手法は、日本の古美術や近世絵画の研究にとっても参考になりうる。
また、女性画家の再評価は近年、欧米の美術館で共通の潮流になっている。ジェンティレスキのように既に知られた画家の作品の見直しだけでなく、クラウディアのようにほぼ無名だった画家の実像が掘り起こされる例が続けば、日本国内での展覧会企画や翻訳出版にも影響が及ぶ可能性がある。
オスロへの旅行を考えている読者にとっては、会期が現地の2026年10月8日から2027年2月7日までという具体的な情報も役立つだろう。ただし、この展覧会が日本を巡回するという情報は今回の報道には含まれておらず、そうした計画があるかどうかは分からない。