パリ・シテ島の病院の敷地で古代の壁を発見、ルテティアの防御施設か
セーヌ川に浮かぶシテ島の病院の敷地で進む発掘調査で、研究者らが古い壁の一部を見つけた。この壁は、のちにパリへと発展するガリア人の集落ルテティアを守っていた可能性があるとみられている。ルテティアは紀元前1世紀にユリウス・カエサルが征服した集落としても知られる。
何が起きたのか
シテ島にある病院の敷地で行われている発掘調査で、研究者らが壁の一部を発見した。この壁は、ローマに征服される前のガリア人の集落ルテティアを守るために築かれた可能性があるとみている。
ルテティアは、のちにパリへと発展していく集落で、紀元前1世紀にユリウス・カエサルによって征服されたことで知られる。今回見つかった壁が当時の防御施設の一部だとすれば、集落の位置や広がりを考える手がかりになりうる。ただし、壁の性格について確定的なことは、現時点では明らかにされていない。
背景
ルテティアは、カエサル自身が著した『ガリア戦記』に記録が残るガリア人部族パリシイ人の集落で、パリという地名の由来になったとされる。ただし、その正確な位置についてはこれまでも議論があり、シテ島ではなく別の場所にあったとする説も唱えられてきた。
今回の発見が、この議論にどう関わるかはまだ分からない。今回の調査は、開発に先立つ事前の発掘調査の一環として行われている。
日本にとっての意味
フランス文化省の発表によると、シテ島の病院を運営するパリの公立病院グループ(AP-HP)の再編工事に先立ち、文化省の地方機関の命令を受けて2026年2月から事前発掘調査が行われている。見つかった壁は建築計画上、現地保存を求められておらず、型取りなどの記録作業を終えたのち解体され、一部がパリの博物館で復元展示される予定だという。
日本の埋蔵文化財も、同じ順序で扱われる。
例外となるのが、JR東日本が2019年に品川駅周辺の工事で発見した高輪築堤跡だ。建物などの計画を変更したことで、一部の遺構が現地保存された。工事計画そのものを変えない限り遺構は残らないという構図は、パリの壁にも当てはまる。