マダガスカルZ世代デモから1年、活動家は軍政下でも身柄拘束
マダガスカルで2025年に若者主導の抗議運動を率いた活動家たちが、自らが後押しした軍事政権に裏切られたと感じている。運動の中心人物の一人は2026年4月、抗議デモを呼びかけた直後に国家の安全を害した容疑で13日間拘束された。政権は代わっても、体制に不都合な声を封じる手法は変わっていないという。
何が起きたのか
現地時間の2025年9月25日、マダガスカルでは慢性的な断水や停電への抗議として若者たちがデモを始めた。抗議は数週間続き、少なくとも22人が死亡した。10月、軍の部隊カプサットが若者側に合流し、ラジョエリナ大統領はインド洋の島国を出国し、現地時間の10月17日にはカプサット司令官のミカエル・ランドリアニリナ大佐が暫定指導者に就任した。
農業技術者出身のエリゾ・アンドリアマナンテナさん(30)は、当時は喜びと安堵を感じたと振り返る。しかし政権交代後、改革はわずかな変化にとどまったという。2026年4月、約束された改革の遅さに抗議する行進を呼びかけたところ、新政権は取り締まりに乗り出し、エリゾさんを含む活動家6人が拘束された。
エリゾさんは国家の安全を害した容疑で警察に13日間留置された。この容疑は最長15日間の拘束を認めるものだ。狭い房に殺人犯らを含む20人ほどと入れられ、職も失ったという。ともに拘束された人権観察機関の職員ノメナ・ラチホリマナナさん(36)は、逮捕時に殴打を受けたと証言する。5日間の拘束の後に釈放されたが、同じく職を失った。
背景
国家の安全を害したという容疑は、マダガスカルで長年、権力者が使ってきた代表的な道具だとされる。弁護士のマロマナナ・アリアリヴェロ氏は「常に『黙れ』と言うための手段だ」と話す。マダガスカルでは軍を後ろ盾にした政権交代が繰り返されてきた。ラジョエリナ氏自身も2009年に軍の支持を得て権力を握った。政権の顔ぶれが変わっても、抗議を封じる法的手段だけは引き継がれた形だ。
活動家のフェラナ・アンドリアタヒナさん(32)は「これは裏切りだ」と語った。新政権は2027年末までの選挙実施を約束しており、抗議開始から1年となる現地時間の2026年9月25日には記念式典が予定されていた。
日本にとっての意味
日本でも、裁判で有罪が確定する前の身柄拘束そのものが、当事者にとって重い代償になった例がある。警視庁公安部は2020年3月、安全保障輸出管理を定めた外為法違反の疑いで大川原化工機の社長ら3人を逮捕した。
身柄拘束は11か月に及び、保釈請求は罪証を隠滅するおそれを理由に繰り返し退けられた。その間、1人に進行がんが見つかり、勾留執行停止中に亡くなった。検察は初公判のわずか4日前になって公訴を取り消し、捜査と起訴を違法とする判決が2025年6月に確定した。有罪判決は一度も出ていない。
裁判で黒白がつく前の拘束期間そのものが、制裁として働いた点は共通している。