アムステルダムの美術館、来歴に偽り発覚した古代の壺をシチリアへ返還
オランダ・アムステルダム大学の博物館アラード・ピールソンが、古代シチリアの装飾壺「ピクシス」をイタリア・シチリア当局へ返還した。来歴調査で、購入時に売り手が説明していた所蔵の経緯が偽りだったと判明したためだ。イタリア当局が返還を要請してから9年を経て、10月7日にアムステルダムの同館でシチリア州の代表団へ引き渡された。
何が起きたのか
返還されたのは、紀元前3世紀のシチリアの都市チェントゥリペ(Centuripe)で作られたとみられる、蓋付きの彩色陶器「ピクシス」。アポロンなど神々が結婚式を見守る場面が描かれている。アラード・ピールソンは1997年、オランダ・マーストリヒトの美術見本市「TEFAF」でスイスの美術商からこの壺を購入した。美術商は「1970年より前から個人が所蔵していた」と説明していたが、これはユネスコ条約(文化財不法輸出入等禁止条約)が採択された1970年を意識した申告とみられる。
1970年代、チェントゥリペ近郊の岩窟墓が盗掘者に襲われ、現地の写真家が盗掘者のために出土品を撮影したフィルムに、この壺の姿が残っていた。同じフィルムには1976年にチェントゥリペで撮られた結婚式の集合写真も写っており、スイスでの所蔵という説明が作り話だったことを裏付けていた。このフィルムの発見を受け、イタリア当局は2017年に返還を要請した。
背景
1970年のユネスコ条約は、締約国に対し、不正に持ち出された文化財の回復と返還に協力するよう求める枠組みだが、オランダがこの条約を批准したのは2009年だった。つまり1997年の購入時点でオランダは条約に法的に拘束されていなかったが、館の来歴研究責任者ロヒール・カルカース氏は、返還する道義的な義務を感じたと述べている。
カルカース氏は、原産国からの請求を待つのではなく、来歴調査で問題が見つかった品を館側から進んで申し出る方針に転換したと説明する。返還後も壺はチェントゥリペ地域考古学博物館で展示される見通しで、館側は今回の返還を損失とは捉えず、相互の貸し出しや顔料・陶土に関する共同研究につながる関係の始まりと位置づけている。カルカース氏が語る、所有者ではなく「管理者」として振る舞う立場への転換が、この方針の核心にある。
日本にとっての意味
同じ型の返還は日本でも実例がある。MIHO MUSEUMを運営する神慈秀明会が1995年に購入した石造菩薩立像は、1994年に中国山東省の博興県で盗まれた品だった。
盗難も購入も、日本で文化財不法輸出入等禁止条約と国内実施法が発効した2002年12月9日より前で、実施法は施行前の盗難品に新たな指定規定を適用しないと定めている。法的な請求の枠外にある取得だったが、神慈秀明会は2008年に無償で山東省博物館へ寄贈し、以後もMIHOでの公開が続いている。2017年の展示は5年ぶりだった。自ら手放し、返還後に貸し出し関係を結ぶという構図は、アラード・ピールソンが目指す形と重なる。