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メトロポリタン美術館、2300年前の『オデュッセイア』断片を公開

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アメリカ・ニューヨークのメトロポリタン美術館(The Met)が、現地の8月5日から2300年前のパピルス断片を一般公開している。古代ギリシャの叙事詩『オデュッセイア』第20巻の一部を記したもので、同館のギリシャ・ローマ美術部門を統括するショーン・ヘミングウェイ氏は「現存する『オデュッセイア』の断片としては最古のもの」と説明している。展示場所は同館ギャラリー162。

何が起きたのか

公開されたのは、長らく展示されていなかったパピルス断片だ。書かれているのは『オデュッセイア』第20巻の一部だが、注目すべきは中身が「新発見」だという点ではなく、そこに記された3行が、現在私たちが読んでいる『オデュッセイア』の本文には存在しないということだ。つまりこの断片は、今日標準として流通しているテキストとは異なるバージョンの『オデュッセイア』が、少なくとも紀元前の段階で存在していたことを示す物証になる。

背景

『オデュッセイア』は紀元前8世紀ごろに成立したとされる古代ギリシャの叙事詩で、作者はホメロスと伝えられる。だが当時は印刷技術も写真複写もなく、テキストは人の手による書写、つまり写本を重ねることでしか後世に伝わらなかった。書写の過程では書き手による省略や書き換え、行の入れ替わりなどが起きやすく、同じ作品でも写本ごとに本文が微妙に異なるのは、古代文学ではむしろ普通のことだったとみられる。

今日「『オデュッセイア』の本文」として教科書や文庫本に載っているものは、後世に残った複数の写本を学者が比較・検討し、最も妥当と考えられる形に整えた「校訂本文」である。唯一の原典が最初からあって、それをそのまま書き写し続けてきたわけではない。パピルスという素材は乾燥した地域でなければ長期保存が難しく、現存する古代の写本は断片的なものがほとんどだ。今回メトロポリタン美術館が公開した断片も、そうした数少ない物証の一つであり、校訂本文には採用されなかった異読、つまり写本間の本文の違いを具体的に示す実例といえる。

日本にとっての意味

日本の読者が文庫本などで『オデュッセイア』を読むとき、そこにある日本語訳は、こうした写本研究を経て確定された校訂本文をもとにしている。つまり私たちが「原典」として親しんでいるテキストは、実は学者たちの選択の積み重ねの結果であり、絶対に動かない一つの正解ではない。

これは日本の古典文学にも通じる構造だ。たとえば『源氏物語』には「青表紙本」「河内本」などいくつもの系統の写本が伝わっており、写本によって本文の表現や場面の描写が異なる箇所が知られている。現在流通している現代語訳の多くは、これらの写本群を比較した校訂本文に基づいている。今回のメトロポリタン美術館の展示は、こうした「テキストは一つではない」という、古典文学に共通する成り立ちを、遠く離れた古代ギリシャの物証を通じて具体的に見せてくれる機会だといえる。