介護施設の空気清浄機、感染予防効果みられず 英臨床試験
英国で行われた大規模な臨床試験で、介護施設に空気清浄機を設置しても入所者の呼吸器感染症は減らなかったという結果が出た。ただし研究に関わっていない専門家からは、機器が小さすぎたり弱い設定で使われたりしていたことが原因で、清浄機そのものの効果を否定する結果とは言えないという反論が相次いでいる。
何が起きたのか
英ブリストル大学などの研究チームは2021年9月から2024年5月にかけて、1100人を超える介護施設の入所者を対象にランダム化比較試験(対象をくじ引きのように無作為に振り分け、介入の有無で結果を比較する研究手法)を実施した。48カ所の施設にHEPAフィルター(微小な粒子を高い効率で捕集する高性能フィルター)搭載の空気清浄機を設置し、設置しなかった47カ所の施設と、冬場の呼吸器感染症の発生状況を比べた。
現地時間の7月末に医学誌JAMA Internal Medicineに掲載された論文で、研究チームは「HEPAフィルターが入所者の冬季呼吸器感染症、その他の感染症、抗生物質の使用、職員の欠勤を減らしたという証拠は見られなかった」と結論づけた。そのうえで、介護施設は国が推奨する感染予防策の順守を続けるべきだとしている。
ただし論文自体が介入の順守率は低かったと認めている点が波紋を呼んでいる。ブリストル大学が出した研究発表のプレスリリースでは、施設の管理者と入所者は、メーカーの説明書に従って設置・使用しており、高い順守率が見られたとしていたが、論文本文の記述はこれと食い違う。米バージニア工科大学のリンジー・マー教授(環境工学)はこの記述について「多くの場合、清浄機の電源が入っていなかったという意味だと解釈している」と述べている。
背景
新型コロナウイルス流行下では、HEPAフィルターがウイルスを最大99%除去できるとする研究をきっかけに、学校や医療機関、企業で空気清浄機の導入が相次いだ。介護施設の入所者は重症化リスクが高く、感染対策の優先度が特に高い集団とされてきた。論文の筆頭著者であるブリストル大学のアラステア・ヘイ氏は、施設内での感染拡大を抑える必要性が高まっていたことが試験に着手した理由だと説明している。
ただし今回の試験は、研究者が現地を訪問せず電話やビデオ通話で聞き取りを行う実務重視型の設計だった。施設側が職員に追加の負担をかけないことを参加の条件としたためで、ヘイ氏自身も研究スタッフが現場を訪れない不完全な環境下で行われたと認めている。
専門家が問題視しているのは主に4点だ。まず、施設が順守していると分類される基準が、清浄機が稼働していた時間の割合が20%以上というごく低いハードルだったこと。米ハーバード大学公衆衛生大学院のジョセフ・アレン教授は、機器が稼働していたのは全体の5分の1程度だった可能性があると指摘する。次に、職員から騒音が気になるという要望を受けて、清浄機の多くが最も弱い設定で運転されていたこと。感染症研究政策センター(CIDRAP)の研究コンサルタント、リサ・ブロッソー氏は、それでは空気があまり通らず、ただ静かで人が我慢しやすいというだけだと話す。さらに論文に示されたデータから逆算すると、清浄機は1時間に部屋の空気を1〜2回しか入れ替えていなかったとみられ、米疾病対策センター(CDC)が推奨する1時間に5回という基準を大きく下回っていた。加えて、設置場所についての情報がなく、部屋の隅に置かれていた場合はその隅の空気はきれいになるが、部屋全体には行き渡らない(ブロッソー氏)という問題もある。
職員から研究者には、認知症のある入所者が清浄機に排尿してしまった例や、窓際に動かしてしまった例、電気代を気にして近くの清浄機の電源を切って回っていた例なども報告されており、機器を意図した通りに使い続けること自体の難しさも浮き彫りになった。
日本にとっての意味
日本でも新型コロナ流行以降、高齢者施設や一般家庭で空気清浄機を導入する動きが広がったとされる。今回の試験結果は空気清浄機は効かないという単純な結論ではなく、使い方次第で効果が大きく左右されることを示している。特に、部屋の広さに対して機器の能力が不足していないか、静音重視で弱運転のまま使い続けていないか、置き場所が部屋の隅に偏っていないかは、日本の高齢者施設や家庭でも起こりがちな落とし穴だ。CDCが目安とする1時間に部屋の空気を5回入れ替えるという基準は、機器選びや設置台数を考える際の具体的な参考になる。感染対策の担当者にとっては、機器を導入したこと自体を成果とせず、実際にどれだけ稼働しているか、どこに置かれているかまで確認する必要があることを示す事例と言える。