南極の木造研究基地、完成間近 居住性重視の設計に注目
ポーランドの建築事務所クリロヴィッチ・アーキテクツ(Kuryłowicz + Architects)が設計した南極の研究基地「アークトフスキ基地(Arctowski Station)」の新本館が完成に近づき、建設中の様子を写した写真が公開された。木造のプレハブ構造を断熱材入りの金色のパネルで覆い、三方向に翼を伸ばした特徴的な姿で、越冬する研究者28人の「世界の果ての我が家(home at the end of the world)」として設計されている。
何が起きたのか
新本館はキングジョージ島で建設中で、写真はポーランド科学アカデミーの提供によるもの。建物は吹き抜けの中央ハブから3本の翼が伸びる配置で、トップライトから光が入る中央部には、図書室、ジム、サウナといった共用空間が集められている。設計事務所は、この快適さへの徹底したこだわりこそが、南極にある大多数の研究基地との違いだとしている。
設計を担当した建築家のピオトル・クチンスキ氏はDezeenに対し「主眼は『世界の果ての我が家』を作ることだった。科学的な機能性と日常の暮らしの快適さを兼ね備えた場所だ」と語り、「基地は単なる実験室ではなく、地球で最も過酷な環境のひとつで働く人々の一時的な住まいなのだ」と続けた。
形を決めたのは、その過酷な環境そのものだ。クチンスキ氏は「南極こそが最も重要な設計要因だった。建物は時速160キロに達する風、氷点下20度を下回る気温、雪、海塩、そして難しい地盤条件に耐えなければならなかった」と説明する。3本翼の形は主要な空間への日照を確保しつつ雪の吹きだまりを減らすためのもので、建物全体は鋼製の支柱で地面から約3メートル持ち上げられ、飛行機の翼の周りを流れる気流のように、風が建物の下と上を自由に通り抜けるようになっている。
建設もこの環境に合わせて逆算された。「モジュール化が構想全体の土台だった。すべての部材が輸送コンテナに収まり、海上輸送に耐え、南極の短い夏の間に素早く組み立てられる必要があった」とクチンスキ氏は言う。建物全体はコンテナ113個で南極へ運び、3か月の工期で組み立てられるよう設計された。構造材はポーランド産トウヒの集成材で、業界メディアのWood Centralによると、その総量は220立方メートル。壁パネル600枚超と天井パネル約400枚をポーランド国内の工場で製作し、2025年春に国内で仮組みして精度を確認した上で解体し、約1万4000キロ離れた南極まで海上輸送した。現地での組み立ては2025年11月末から進められ、外装は7万6000本のねじで固定され、窓130枚超とドーム型天窓49個が取り付けられた。ポーランドの森から切り出した木材を使う内装について、クチンスキ氏は「故郷のかけらを携えて旅立った、かつての探検家たちの精神を思い起こさせる」とも述べている。完成は2027年2月の予定で、費用は1億7300万ズウォティ(約4600万米ドル)を超える。
発注者はポーランド科学アカデミー生化学・生物物理学研究所で、構造設計などでは英国のエンジニアリング会社ブロ・ハポルド(Buro Happold)が協働した。
背景
アークトフスキ基地は1977年に開設されたポーランドの南極観測拠点で、半世紀近い運用を経て本館の建て替えが進められてきた。新本館の設計案は2019年1月に公開されており、今回の写真はその構想が約7年をかけて実物になりつつあることを示している。
南極は強風、低温、乾燥に年間を通じてさらされ、しかも工事ができるのは夏の数か月に限られる。工場であらかじめ部材を作り込み、現地では組み立てるだけにするプレハブ工法は、この制約への最も現実的な答えとされてきた。木材、特に集成材は軽くて輸送しやすく、断熱性が高く、それでいて十分な強度を持つため、近年の極地建築で採用が広がっている。また、閉鎖環境で長く共同生活を送る隊員の心理面への配慮から、観測設備ではなく「住まい」として基地を設計する考え方も、各国の新しい南極基地に共通する潮流になっている。キングジョージ島周辺には各国の基地が集まっており、この新本館は完成すれば同島でも目を引く存在になるとみられる。
日本にとっての意味
「木のパネルを工場で作り、南極へ運んで組み立てる」という今回の手法は、実は日本の南極観測が69年前に通った道でもある。1957年に第1次南極観測隊が建てた昭和基地の最初の建物は、構造材と断熱材を兼ねた木質パネルを金物で接合する組立式で、これが国内初のプレハブ工法とされている。日本建築学会の浅田孝が設計し竹中工務店が製作したこの建物は、最大風速80メートル、氷点下60度という想定に耐えるよう作られ、後の日本のプレハブ建築産業の原点になった。ポーランドの新基地は、集成材とコンテナ輸送という現代の技術で同じ系譜を更新した事例と言える。
その昭和基地も開設から約70年がたち、老朽化した建物の更新や維持管理は日本の南極観測の継続的な課題になっている。輸送量の制約や短い工期という条件は各国共通であり、断熱の工法、部材の輸送単位、そして図書室やサウナまで組み込む居住性の設計は、日本の基地整備にとっても具体的な比較材料になる。国内で中高層・中大規模の木造建築を広げようとする動きが続く中、木造が南極の環境に耐えられることを示す実例が増えること自体、木材利用の裾野を考える上でも示唆的だ。