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M7.4地震でコロンビア最高層の大聖堂、塔が崩落

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コロンビア西部で現地時間8月10日朝に発生したマグニチュード7.4の地震で、同国で最も高い教会として知られるマニサレス大聖堂(Cathedral Basilica of Our Lady of the Rosary)の側塔が崩れ落ちた。倒壊の瞬間を通行人が見上げる映像がSNSで広く拡散している。この地震では200人以上が死亡し、1600棟以上の建物が被害を受けた。

何が起きたのか

地震は現地時間8月10日午前7時34分、コロンビア有数の貧困地域とされるチョコ県サンホセ・デル・パルマル付近を震源に発生した。震源の深さは103キロ。人口が集中するマニサレス、ペレイラ、カリの各都市で特に被害が大きかった。コロンビア地質調査所によると、同日だけで45回を超える余震が観測されたという。

死者200人超に加え、1400人以上が負傷し、多数の住民が行方不明になるか、避難を強いられている。8月7日に就任したばかりのアベラルド・デ・ラ・エスプリエリャ大統領は、この地震を受けて国家非常事態を宣言した。

山あいの都市マニサレスでは、市のシンボルとされる大聖堂の一部崩落が国内に衝撃を与えた。コロンビア国立大学のゴンサロ・ドゥケ=エスコバル教授(マニサレス出身)はThe Art Newspaperの取材に「この大聖堂は市で最も訪問者の多い名所だ」と語っている。高さ119メートルのこの教会は、階段395段を上ると中央塔の頂上回廊から市街を360度見渡せることで知られていた。

被害は他都市にも及んだ。マニサレスから南に53キロのペレイラでは、聖ヨセフ教会(カルメル山の聖母教会)のドームが前庭に崩れ落ちた。コロンビア第3の都市カリでも、大司教が使徒聖ペトロ大聖堂や複数の教会の損傷を報告している。三都市では略奪防止のため夜間外出禁止令が出され、カリには軍が展開された。マニサレスの空港をはじめ複数の空港で商業便の発着が停止した。コロンビア地質調査所は、今回の地震を今世紀に同国で記録された中で最も強い地震だとしている。

背景

マニサレス大聖堂は、木造だった先代の聖堂が1925年と1926年の火災で焼失したのを受け、フランス人建築家ジュリアン・ポルティの設計により1928年に着工した。当時のコロンビアには鉄鋼を大量生産する設備がなく、鉄骨は輸入に頼ったという。世界恐慌の影響で工事は一時中断したものの、1935年に再開し1939年に完成した。教区司祭アドルフォ・オヨス・オカンポが資金集めの中心となり、当初のデザインを費用や意匠上の理由で変更させなかったことが、現在の姿につながったとされる。ネオゴシック様式にビザンチン風のアーチを組み合わせた外観と、フランス、イタリア、オランダから輸入された141枚のステンドグラスが特徴で、1984年には国の記念物に指定されている。マニサレスは1962年と1979年にも地震を経験し、その都度、大聖堂は修復を重ねてきた。今回のような火山帯・地震帯に位置する南米アンデス地域では、地震による建造物被害は繰り返し起きてきた出来事といえる。実際、今回の地震は隣国ベネズエラやエクアドルでも揺れが観測されており、ベネズエラでは2か月足らず前に発生した別の地震で6300人以上が死亡したと伝えられている。

日本にとっての意味

日本政府はこの地震にすでに動いている。発災当日には茂木外務大臣がコロンビアへの連帯と支援の用意を表明するメッセージを出し、その後、国際緊急援助隊の医療チーム派遣と緊急援助物資の供与が決まった。日本赤十字社もコロンビア赤十字社の救援活動を支援する態勢に入っており、派遣や援助の経過は外務省とJICAの発表で追うことができる。

もう一つの接点はコーヒーだ。大聖堂のあるマニサレスはカルダス県の県都で、リサラルダ県、キンディオ県とともに「コーヒー三角地帯(エヘ・カフェテロ)」と呼ばれるコロンビア最大のコーヒー産地の中心にあり、今回の地震はこの三県をまとめて直撃した。コロンビアは日本にとってブラジル、ベトナムと並ぶコーヒー生豆の主要な調達先で、「エメラルドマウンテン」に代表されるコロンビア産マイルドは日本の缶コーヒーや喫茶店に深く浸透している。収穫や集出荷、輸送への影響が長引けば、日本の調達や店頭価格に波及する可能性があり、産地の復旧状況は日本の消費者にとっても対岸の話ではない。