米州議会、ワクチン法案400件超も成立わずか9件
米国の州議会で、現地の2025年8月から2026年7月までの会期に提出されたワクチン関連の法案が400件を超えたことが、米紙ニューヨーク・タイムズの集計で明らかになった。うち半数近い209件は予防接種ルールを緩めたり、ワクチンへの不信をあおったりする内容だったが、実際に法律として成立したのはわずか9件にとどまった。児童への予防接種義務を撤廃した州はひとつもなかった。
何が起きたのか
提出された法案は、学校や保育施設での予防接種義務、未接種者への法的保護、mRNAワクチンや新型コロナウイルスワクチンの扱い、ワクチンを危険視するようなメッセージの発信など、予防接種制度のほぼ全領域に及んだ。しかし可決に至ったのは9件のみで、児童向けの基本的な予防接種義務を撤廃した州はゼロだった。アリゾナ州とニューハンプシャー州は撤廃に近いところまで議論が進んだが、実現はしなかった。
成立した法律の中には、ルイジアナ、ミシシッピ、オクラホマの3州で、乳幼児の死亡報告書に直近の予防接種歴を記載することを義務付けるものがあった。これは、ワクチンと乳幼児突然死症候群(SIDS)を結びつける主張を念頭に置いたものとみられているが、この主張自体は科学的に否定されている。
一方で、12の州は逆の方向に動いた。連邦政府の担当者が児童向けワクチンの推奨内容を制限しようとしたことへの対抗策として、州独自に予防接種の推奨を法律で守る動きを取ったという。ワクチンに批判的な立場の人々はすでに来年の会期に向けて新しい法案の準備を始めており、大半の法案が不成立に終わったにもかかわらず、今年の動きを「成果」だと受け止めているという。
この報道と同時期には、米上院の委員会が疾病対策センター(CDC)長官の候補者を承認するなど、連邦レベルでもワクチン政策をめぐる人事や制度の見直しが進んでいる。CDCは2025年8月以降、正式な長官が不在の状態が続いている。
背景
アメリカでは近年、ワクチンをめぐる政治的な立場の違いが州議会にも色濃く反映されるようになっている。トランプ政権のもとで保健福祉省(HHS)長官を務めるロバート・F・ケネディ・ジュニア氏はかねてワクチンに懐疑的な発言で知られ、その姿勢が連邦の諮問委員会の運営方針にも影響を与えているとみられる。今回報じられた法案ラッシュは、こうした連邦レベルの空気を受けて、州議会にワクチン懐疑派の主張を反映させようとする動きが強まった結果と考えられる。
ただし、米国では公立学校への入学要件として予防接種を義務付ける制度が長く定着しており、これを覆すには州議会で相当の合意形成が必要になる。今回、400件を超える法案が出ながら成立が9件にとどまり、義務撤廃がゼロだったという結果は、世論やメディアで語られるワクチン懐疑論の広がりと、実際の制度変更の間には距離があることを示している。むしろ連邦の推奨後退に対抗して州の推奨を守る法律を作った州が12あったことは、制度を維持しようとする力も同時に働いていたことをうかがわせる。
日本にとっての意味
日本ではHPVワクチンの積極的勧奨をめぐる議論など、予防接種行政への不信や慎重論が政策論議の対象になってきた経緯がある。今回の米国の集計は、著名人のスキャンダルのような目立つニュースにはならないが、ワクチン懐疑論が政治的な発言力を強めている社会でも、実際に制度が動かせるかどうかは別問題だということを数字で示している点で参考になる。
具体的には、法案の「提出件数」の多さと「成立件数」の少なさの差が大きいこと、そして児童の基本的な予防接種義務という制度の根幹部分は、懐疑論が強まった年でも維持されたことの2点が注目される。日本で予防接種制度の見直しが議論される際にも、世論の一部の声の大きさと、実際に制度がどこまで変わるかは切り分けて考える必要があることを、この米国の事例は示している。また、乳幼児の死亡報告書にワクチン接種歴を記載させる州法のように、科学的根拠が乏しい主張が制度に部分的に組み込まれてしまう例があることも、日本の政策論議において留意すべき点だろう。