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世界遺産の岩画、2000年色褪せぬ理由は「血の絵の具」か 新研究

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中国南部・広西チワン族自治区にある世界遺産「左江花山岩画文化的景観」の赤い壁画が、2000年以上たっても鮮やかな色を保っている理由について、新たな研究結果が発表された。山東大学のウー・モン(Meng Wu)氏らの研究チームによると、絵の具には動物の血、さらには出産時に出る血が使われていたとみられる。研究成果は2026年9月発行の学術誌「Journal of Archaeological Science」に掲載される予定だ。

何が起きたのか

花山岩画は紀元前5世紀ごろから紀元後2世紀ごろにかけて描かれたとみられ、高温多湿な亜熱帯モンスーン気候の下、石灰岩の断崖に直接描かれている。裸の人物や羽根飾りをつけた人物、太鼓や鈴を鳴らす人物などが描かれており、研究チームは古代の豊穣を祈る儀式を表した可能性があるとみている。花山一帯には80カ所以上の岩画遺跡があり、このうちユネスコ世界遺産に登録されているのは38カ所にとどまる。

山東大学のチームは、このうち3カ所から採取した岩画の破片を、赤外線やエックス線を使った分析、そしてプロテオミクス(proteomics、生物が作り出すタンパク質の集合を分析する手法)を用いて詳しく調べた。その結果、顔料にはナノサイズの赤鉄鉱(ヘマタイト)を多く含む赤い粘土が使われ、石灰と血を混ぜた「複合モルタル」が絵の具を岩に定着させる接着剤の役割を果たしていたことが分かったという。血に含まれるタンパク質の働きで炭酸カルシウムが生成され、これが顔料の粒子を覆いながら石灰岩そのものと強く結びつく仕組みだったとチームは説明している。この安定した有機・無機の複合構造が、過酷な気候の中で壁画が長く残った理由だとしている。

さらに研究チームは、採取した血液由来のタンパク質の中に、妊娠や授乳に関連するとみられるものが含まれていたことから、出産時の血が使われた可能性にも言及した。もしこれが事実なら、当時の社会が女性の出産や豊穣を信仰の対象としていたことを示す手がかりになりうるという。ウー氏は「多くの民族誌研究が、世界各地の先史時代の岩絵に血が使われていたことを示している。これは岩絵の描き手の多くが狩猟採集民だったことと関係しているのではないか」と述べている。

背景

花山岩画は2016年にユネスコ世界遺産に登録された。左江の流域に沿って点在する岩画群は、狩猟採集社会が残した宗教的・儀礼的な表現とみられているが、これほど過酷な環境で顔料がなぜ剥落せずに残ったのかは長年の謎だった。今回の研究は、その謎を「絵の具の化学的な設計」という観点から説明しようとするものだ。研究チームは、先史時代の岩絵制作が単に労力をかけただけの作業ではなく、材料の組み合わせを工夫した「技術集約的な」プロジェクトだったと位置づけている。

ただし、南米の同時代の岩絵を専門とする考古学者ホセ=ミゲル・ペレス・ゴメス氏は、出産時の血が使われたという主張については慎重な見方を示している。妊娠や授乳に関連するタンパク質は出産時の血に限らず検出されうる点、古代DNAの分析も行われていない点、そして80カ所以上ある遺跡のうちわずか3カ所しか調査していない点を指摘している。同氏は、化学的な分析結果と「なぜ血が選ばれたのか」という意味づけとの間には、まだ埋めるべき隔たりがあると述べ、出産や生殖に関わる図像が人の血が検出された場所に集中しているかどうかなど、今後検証すべき点を挙げている。

日本にとっての意味

日本の読者にとって花山岩画そのものはなじみが薄いかもしれないが、この研究が投げかける論点は文化財保存の分野で広く共有される課題につながる。岩絵や壁画、石造物など屋外にさらされた文化財は、風雨や湿度によって顔料が劣化しやすく、その保存修復には「なぜ元々の材料が長持ちしたのか」を科学的に解明することが欠かせない。日本国内でも、装飾古墳の壁画や石造文化財の保存では、顔料の組成や接着剤となった有機物の分析が修復方針を左右してきたとされる。血や膠(にかわ)のような動物性タンパク質を接着剤として使う技法は、東アジアの伝統的な絵画材料とも共通する部分があり、こうした知見は日本の文化財科学者にとっても参考になりうる。今回のような研究は、花山岩画の今後の保護計画だけでなく、同じように過酷な気候にさらされた世界各地の野外文化財の保存戦略にも影響を与える可能性がある。