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上海のリナ・ボ・バルディ展、名作の池は原寸で床から浮いている

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上海のパワー・ステーション・オブ・アート(PSA)で、ブラジルの建築家リナ・ボ・バルディの中国初の大規模展「The Poetics of Survival」が開かれている。会場を設計したのは北京を拠点とする国際的な設計事務所オープン・アーキテクチャーで、ロビーには代表作SESCポンペイアの屋内の池を原寸で作った。ただし本物のように地面へ埋め込まず、床からわずかに浮いて見えるようにしている。デザイン専門メディアのDezeenが8月19日付で伝えた。

何が起きたのか

展示全体は「ひとつながりの曲線」を軸に組まれている。長方形の展示室にリネンの布を吊って曲線を作り、その布が同事務所の特注した直線的な展示ケースを取り囲む。布には大判の映像が動きながら投影され、解説文も布に直接シルクスクリーンで刷られた。展示は9つの空間に分かれ、素描、写真、映像を混ぜてボ・バルディの仕事を見せる。建築模型と主要な展示物は、床に独立して置かれた「島」に載る。展示ケースのほかに家具も作られ、梁のようなベンチと、ロビーにはガラスと木の格子とコンクリートによる間仕切りが置かれた。

池は、ボ・バルディが1977年にSESCポンペイアのために設計したものだ。「リナの版では、池はブラジルを横断するサンフランシスコ川を体現しています」と同事務所は説明する。原寸のまま上海へ「運んだ」が、SESCポンペイアのように地面へ埋め込まず、床の上にわずかに浮くようにした。本物ほど恒久的には作っていない。池には大小さまざまな小石を敷き、天井から水が滴る仕掛けを足した。

同事務所は、ボ・バルディ自身の設計思想と感覚に沿った場に作品を置くことで、来場者が作品だけでなく、それを生んだ世界にも触れられると述べる。「リナの仕事と展示が一体となって、来場者がリナの時代のブラジルの日常を垣間見る舞台になります」。会期は2026年7月25日から10月25日まで。

背景

リナ・ボ・バルディはイタリア生まれで、第二次大戦後にブラジルへ渡り、サンパウロ美術館(MASP)などを設計した。SESCポンペイアはもともとマウザー兄弟のドラム缶工場だった。操業が止まった後、近隣の住民が空いた建物を勝手に使い始めており、ボ・バルディはその状態を消さずに残す方を選んだ。1977年に改修が始まり、第一期は1982年に開場、全体は1986年まで続いた。商業・サービス業の事業主団体が運営する社会事業組織SESCの施設として、スポーツと文化の場に日常的に使われている。

展示を受け入れたPSAも、工場の転用だ。前身は1897年に設立された南市発電所で、2010年の上海万博では「未来館」として使われた。2012年10月に美術館として開き、中国本土で初めての公立の現代美術館になった。165メートルの煙突がそのまま展示空間として残っている。オープン・アーキテクチャーも、上海で航空燃料タンクを美術館に変えた油罐芸術中心(タンク上海)を手がけている。工場を転用した建築の展覧会が、発電所を転用した建物の中で開かれていることになる。

日本にとっての意味

同じことを日本もやってきた。金沢市民芸術村は、大正から昭和初期に建った旧大和紡績金沢工場の倉庫6棟を市が転用した施設だ。市が1993年12月に敷地を買い取り、1996年10月に開いた。設計は水野一郎と金沢計画研究所。公立の文化施設としては全国で初めて年中無休の24時間運営に踏み切り、演劇や音楽の稽古場として市民が低料金で使っている。2022年度にはJIA25年賞を受けた。工場を記念物として保存するのではなく、日常の使い道を与えて使い倒す点で、SESCポンペイアと同じ方向を向いている。

違うのは、伝え方の側だ。工場の天井の高さや、床に水がある感覚は、図面と写真では伝わらない。オープン・アーキテクチャーは原寸で作り直すという手を選び、しかも床に埋めずに浮かせることで、これは本物ではないと最初に断った。金沢の倉庫群を訪ねられない人に何を見せるか。上海のロビーに浮いている池は、その問いに対する一つの答えになっている。