米ケンタッキー州の美術館、先住民の文化財24点をオクラホマの部族に返還へ
米ケンタッキー州ルイビルのスピード美術館が現地時間8月19日夜、儀式を開いたうえで先住民由来の文化財24点をオクラホマ州の南シャイアン族とアラパホ族に返還する。ビーズ細工のバッグ、亀のお守り、ゆりかご台などが含まれ、部族代表者がその晩のうちに車でオクラホマまで運ぶ予定だ。
何が起きたのか
返還されるのは、1930年にドイツ系アメリカ人の写真家フレデリック・ウェイゴールドから同美術館へ寄贈された品々だ。2023年、美術館の学芸員が部族代表者と接触し、収蔵品のうちどれが返還対象になるかを調べ始めた。翌2024年の現地視察で、候補となった約100点のうち24点が返還対象と判明したという。これは同美術館にとって、1990年に制定された米国の連邦法「ネイティブ・アメリカン墓地保護および返還法(Native American Graves Protection and Repatriation Act、NAGPRA)」に基づく初めての返還となる。
返還品の中には、儀礼で使う「サンダンス・ラトル」と呼ばれる楽器も含まれる。動物の革や鳥の羽、爪で作られ、振ると野牛の群れが歩く音を模すとされる。もう一つの品であるシャイアン族のゆりかご台は、伝統的に女性たちの共同作業で作られ、部族の中で次に出産を控える女性へと代々受け継がれてきたものだという。アラパホ族代表のフレッド・モスケダ氏は、家族が自分の曽祖父の手による品だと語れるようになるとしたうえで、これらは神聖な品だと述べた。返還式では、同美術館の主任学芸員エリカ・ホームクイスト・ウォール氏の司会で、南シャイアン族代表のチェスター・ホワイトマン氏とモスケダ氏、担当学芸員がNAGPRAと返還手続きについて語り合う場も予定されている。
背景
NAGPRAは、博物館や大学などの機関が保管する先住民の遺骨や副葬品、儀礼用品について、当該部族やハワイ先住民団体の代表者・子孫から請求があった場合、返還を義務付ける連邦法だ。1990年の成立から30年以上が経つが、制度の運用は機関ごとに差があり、対象品の特定作業自体に時間がかかることも多いとされる。2024年にはガイドラインが改定され、部族側の権限を強め、博物館側に収蔵品目録の更新を求める内容になった。ホワイトマン氏は改定前の状況について「博物館や施設は、見せたいものしか見せてくれなかった」と振り返っている。
この改定の後、ニューヨークの自然史博物館が2024年7月に先住民の遺骨124体と文化財90点を返還したほか、同年に米国立公園局(National Park Service)が先住民への返還事業に対して総額300万ドルの助成を実施したと伝えられている。ただし自然史博物館は依然として数千体の先住民の遺骨を保管しているとされ、米国内の博物館全体で見ても返還はまだ道半ばの段階にあるとみられる。スピード美術館の学芸員でNAGPRA担当のシレーン・マーティン氏は「返還の多くは一般の目には見えないところで進んでいる」と述べ、この取り組みを人文学に人間を取り戻す作業だと表現した。なお同美術館は2025年10月、財政難を理由に教育部門を廃止し従業員9人を解雇しており、今回の返還は厳しい1年の中での出来事となる。
日本にとっての意味
日本には、米国のNAGPRAに相当する、博物館収蔵品の先住民族への返還を包括的に義務付ける法律は整備されていないとみられる。国内で近い課題として知られるのは、大学などが研究目的で収集したアイヌ民族の遺骨の扱いだ。北海道白老町に慰霊施設が設けられ、遺骨の返還や集約が進められているが、これは個別の政策的対応として行われているもので、NAGPRAのように請求があれば返還を義務付ける法制度に基づくものではないとみられる。
また、日本の博物館が海外由来の文化財、例えば植民地期や戦時に海外から持ち込まれた品を収蔵しているケースも報告されており、返還を求める声が国外から上がることもある。米国の事例は、返還を「制度」として運用する場合に何が必要かを示している。具体的には、収蔵品目録の整備、部族・当事者コミュニティとの継続的な対話の枠組み、返還後の受け入れ体制への支援などだ。今回のケースでも、返還を受けるオクラホマの部族側は当面、事務所で品を保管し、専用の保管場所を確保する計画だという。日本国内でも、文化財や遺骨の来歴(provenance、収集経緯の記録)をどう管理し、当事者とどう向き合うかという論点は、アイヌ政策や海外からの返還要求への対応を考えるうえで参考になる視点だ。