元プッシー・ライオットの女性、FSBに監視役として勧誘されたと証言
ロシアの覆面パンク集団「プッシー・ライオット」の元メンバー、リタ・フローレス(本名マルガリータ・コノヴァロワ)が、ロシアの治安機関FSB(連邦保安庁)から2023年以降、他の反体制芸術家を監視するよう勧誘されていたと証言した。現地時間8月24日にロシア人ジャーナリストが亡命先で運営するメディア「Port Media」がインタビュー動画を公開し、家族を殺すと脅されたと語った内容が明らかになった。
何が起きたのか
フローレス氏はYouTubeで公開された動画の中で、弁護士ドミトリー・ザフヴァトフ氏の質問に答える形で、FSB捜査官による自宅捜索と携帯電話・パソコンの押収を受けた際の様子を語った。「まるで映画のようだった。テーブルに座らされ、動くことも目をそらすことも許されなかった」とし、家族を殺す、母を殺した犯人を証明することは永遠にできない、などと脅されたと述べた。侮辱的な言葉を浴びせられ、ロシア全土のサタンにしてやると言われたという。フローレス氏は、キーウ近郊ブチャでの民間人殺害についてSNSに投稿したことを理由に訴追すると脅されたといい、2021年にもプッシー・ライオットのメンバーとして拘束された経験があった。
証言によれば、FSBはストリートアーティストのフィリッペンゾ(本名フィリップ・コズロフ)氏やパフォーマンスアーティストのパベル・クリセヴィチ氏に対する監視作戦をフローレス氏に指示していたという。フローレス氏は任務をこなさずに済むよう、あえて対象者に口論を仕掛けるという手法を取っていたと明かした。フィリッペンゾ氏は反戦をテーマにした落書きを理由に禁錮刑の可能性を突きつけられ、2023年にロシアを離れ、クリセヴィチ氏は3年半の服役と複数回の再拘束を経て2025年末に国外へ逃れている。さらに深刻な証言として、フローレス氏はプッシー・ライオットの創設メンバーの一人ピョートル・ヴェルジロフ氏をセルビアに誘い出し、ロシア当局が拉致・殺害する計画への協力を持ちかけられ、報酬として最大300万ルーブル(約3万6000ドル)を提示されたと語った。この後、同氏はザフヴァトフ弁護士に連絡し、国外への脱出を図ったという。
フローレス氏はインスタグラムへの投稿で、自身をロシアから安全に脱出させてくれたザフヴァトフ弁護士と、反プーチン活動家を支援する亡命中のロシア系イスラエル人実業家レオニード・ネヴズリン氏に感謝の意を示し、自殺を複数回試みたことも明かした。同様に勧誘され脱出を望む人々に向けて、支援方法を案内するテレグラムのチャンネルへ誘導している。ザフヴァトフ弁護士自身も、ウクライナ軍を支援したとしてロシアの軍事法廷から欠席のまま禁錮21年の判決を受けており、2025年にはロシア司法省から「外国のエージェント」に指定されている。
背景
プッシー・ライオットは覆面をつけたパフォーマンスとロシア政府批判で知られる芸術集団で、2012年にモスクワの大聖堂で行った抗議パフォーマンスをきっかけにメンバーが逮捕されるなど、長年ロシア当局との対立が続いてきた。ウクライナへの全面侵攻が始まった2022年以降、ロシア国内では反戦的な表現を取り締まる動きが一段と強まっており、プッシー・ライオットはロシアの裁判所から「過激派組織」に指定されている。
FSBはソ連時代のKGBの流れをくむ機関で、国内の反体制派や活動家の監視・摘発を担ってきたとみられる。今回の証言のように、拘束した人物を、脅迫や身の安全への懸念を材料に協力者として仕立て上げ、同じ活動家コミュニティ内部の情報を吸い上げるという手口は、旧ソ連圏の治安機関に関する報道でたびたび指摘されてきた手法と重なる。ただし、この証言自体はフローレス氏本人の一方的な説明であり、FSB側からの反論や裏付けは今回の資料には含まれていない。
日本にとっての意味
日本の報道でプッシー・ライオットが取り上げられる際は「ロシアの反体制芸術集団」という紹介にとどまることが多く、メンバーが具体的にどのような圧力を受けているかまで掘り下げられる機会は少ない。今回のような証言は、権威主義体制が芸術家や表現者のコミュニティに情報提供者を送り込み、内部から監視・分断を図るという、統制の実態を具体的に伝えるものだ。
日本では表現の自由や芸術活動への政治的圧力が刑事訴追や身体的な脅迫と直結する場面は現状ではまれだが、SNSの投稿履歴が当局に把握され訴追の材料にされたという今回のケースは、デジタル時代における監視のリスクを考える上で参考になる。また、亡命ジャーナリストが運営するメディアや、国外の支援者・弁護士のネットワークが情報公開と保護の受け皿になっている点も、権威主義国家からの亡命者を日本社会がどう受け入れ、支援しうるかを考える材料になる。