ハイチ首都近郊で大量拉致、47人死亡 治安崩壊が深刻化
現地時間8月23日の日曜日、ハイチの首都ポルトープランス近郊の町ケンスコフを武装したギャング集団が襲撃した。国連ハイチ統合事務所(BINUH)によると、少なくとも47人が死亡し、うち5人は子どもだった。50人以上が拉致され、住宅25軒が放火された。近年のハイチで最大級の集団拉致事件とみられている。
何が起きたのか
ケンスコフはポルトープランスを見下ろす丘陵地帯にあり、これまで比較的平穏な地域とされてきた。現地時間8月23日、武装集団がこの町に押し入り、住民を殺害・拉致したうえで家々に火を放った。ケンスコフのジャン・マシヨン市長はAP通信の取材に対し、死者の中に自身の警護担当者を含む政府職員2人が含まれていたと明らかにした。マシヨン市長によれば、ギャング側は住民を家の中に閉じ込めたまま放火する手口も使ったという。
事件には「Viv Ansanm」と呼ばれるギャング連合が関与したとされる。同連合は米国が「外国テロ組織」に指定している勢力で、ハイチの武装集団の中でも大規模なものの一つとされる。犯行声明とみられる動画がSNSに投稿され、「Izo 2」を名乗る人物がハイチ国家警察のヴラディミール・パライゾン長官に対し、ドローンを使ってギャングを排除する作戦をやめるよう警告した。動画の中でこの人物は「もし我々の仲間が一人でも傷つけられたら、人質を皆殺しにする」と述べた。
地元の17歳の少年、ケンソン・ポールさんは、両親を含む家族8人が拉致されたと証言している。16歳の妹は拉致された後に性的暴行を受けたが、逃げ出せたという。ポールさん自身は裏窓から脱出して難を逃れた。皆が家に戻れるよう政府に助けてほしいとしたうえで、「私たちはただの農民で、何にも関わっていない」とポールさんは訴えている。一部の生存者は、事件前に政府が十分な警護を提供していなかったと非難しているが、ハイチ国家警察はこの批判を否定している。
背景
ハイチでは近年、国家の統治機能そのものが揺らいでいる。ポルトープランスの推定7割は武装集団の支配下にあるとされ、その勢力は中部地域など国内各地にも及んでいるという。国連の統計によると、2026年1月から6月の半年間だけで少なくとも3050人が殺害され、1400人が負傷、81人が拉致されたと報告されている。ギャングによる暴力により、ハイチ全土で150万人が住まいを追われており、この数字は過去最多とされる。
ケンスコフでは2025年1月に最初の大規模な襲撃があり、その後も周辺の山間部で散発的な攻撃が続いていた。今回の襲撃はその中でも最大規模だったという。この時期に事件が起きた背景には、ハイチが12月13日に10年以上ぶりとなる総選挙を予定していることがある。今回の襲撃は、単なる略奪や報復にとどまらず、選挙を控えた政府と警察に対する示威行動という側面もあるとみられている。
ハイチでは2021年の大統領暗殺以降、選挙で選ばれた指導者が不在の状態が続き、ギャング組織が治安の空白を埋める形で勢力を拡大してきたという経緯がある。国際社会も対応に苦慮しており、国連安全保障理事会の承認を受けた多国籍部隊による治安支援も行われてきたが、ギャングの支配地域を大きく後退させるには至っていないとみられる。
日本にとっての意味
ハイチと日本の間に直接の経済的なつながりは大きくないが、だからこそ、こうした地域の治安崩壊が国際社会の関心から抜け落ちやすいという構造がある。外務省はハイチ全土に対し最高レベルの「退避勧告」を出しており、日本人が渡航や滞在を検討する対象にはそもそもなりにくい国だが、裏を返せば、情報が入りにくい分、実態を知る手がかりも限られているということでもある。
また、150万人という規模の国内避難民の発生や、ギャング組織が「テロ組織」として米国に指定されるほどの実力を持つに至った経緯は、脆弱な国家がどのように統治機能を失っていくかを示す事例として参考になる。国連平和維持や国際治安支援のあり方を考えるうえでも、国際的な治安支援部隊がどこまで機能するかは重要な論点であり、日本が将来的に国際的な治安支援や人道支援に関与する際の判断材料にもなり得る。選挙を控えた12月に向けて、事態がさらに悪化するのか、国際社会がどう関与を強めるのかは注視する価値がある。