米国務省、ケヒンデ・ワイリーの絵画を大使館から撤去 売却も検討
米国務省が、画家ケヒンデ・ワイリーが2015年に手がけた絵画をドミニカ共和国の米国大使館から撤去した。国務省はワイリーの「暴力的で人種差別的な言葉や描写」が外交機関にふさわしくないと説明しており、この作品を売却できるかどうか法律の専門家に確認しているという。
何が起きたのか
撤去されたのは「Young Artists After Siamesas 1960」というワイリーの絵画で、床に座る2人と、これから踊り出しそうに寄り添って立つ2人の計4人が、花柄の背景の前に描かれている。ワイリーはこの作品の制作にあたり、ドミニカの画家セレステ・ウォス・イ・ヒルとヒルベルト・エルナンデス・オルテガの作品を研究し、地元の美術学生の協力も得ていた。
トランプ大統領が任命し、2025年からドミニカ共和国大使を務めるレア・カンポス氏は、現地時間8月11日に絵画が撤去される様子を撮影した動画をInstagramに投稿した。投稿には「トランプ政権下、そして私のリーダーシップの下で、我々はグローバリズムと『ウォーク』なイデオロギーから離れ、代わりにアメリカの愛国心と、この偉大な国の美しさを受け入れる」と記されていた。
米国務省の広報担当者はHyperallergic誌の取材に対し、法律の専門家に相談のうえ作品を売却できるか確認していると答えている。
背景
ワイリーは2018年にバラク・オバマ元大統領の公式肖像画を手がけた画家で、鮮やかな色彩と装飾的な背景の中に黒人を描く作風で知られる。今回撤去された絵画は、国務省が2013年にワイリーに依頼し、サントドミンゴの米大使館向けに制作されたものだった。米国の在外公館には、国務省の美術プログラムを通じて委嘱・寄贈された美術品が飾られており、大使館そのものが一種の展示空間として機能してきたとされる。
トランプ政権は2025年の政権発足以降、連邦政府機関や公共施設から「多様性」や「包摂」を掲げる取り組みを縮小する方針を進めてきたとされ、政府が調達・管理する美術作品もその対象になり得ることを、今回の一件は示している。「ウォーク」という言葉は本来、人種差別や不公正への意識の高さを指す表現だったが、近年の米国の保守派の間では、行き過ぎたリベラルな価値観を揶揄する言葉として使われることが多い。カンポス大使の投稿もこの文脈に沿ったものとみられる。
日本にとっての意味
今回の一件は、米国では政権が交代するたびに、公共空間に置かれた美術作品の扱いが政治的な争点になり得ることを示す具体例だ。大使館は外交施設であると同時に、その国の価値観を体現する場でもあるため、そこに飾る作品の選定や撤去は、単なる展示替えを超えて政治的なメッセージを帯びる。
日本でも、公共施設や政府機関が美術品を発注・所蔵する例は珍しくなく、表現の内容や作者の政治的立場をめぐって議論になった展示もこれまで存在した。今回の件が日本に直接及ぼす影響は乏しいが、委嘱されて設置済みの作品が政権の方針で外され、売却まで検討され得るという前例は、日米の文化交流事業に関わる人や、海外の公的機関に作品を納める作家にとって、契約の段階で作品の保全や処分の条件を確かめておく必要があることを具体的に示している。